NTTデータ経営研究所、JTB、日本航空(JAL)は7月27日、慶應義塾大学の島津明人教授の監修のもと、新しい仕事のスタイルである「ワーケーション」の効果検証実験を実施した結果、ワーケーションが生産性・心身の健康にポジティブな効果があることが判明したと明らかにした。
今回の実験により、ワーケーションは(1)経験することで仕事とプライベートの切り分けが促進される、(2)情動的な組織コミットメント(所属意識)を向上させる、(3)実施中に仕事のパフォーマンスが参加前と比べて20%程度上がるだけでなく、終了後も5日間は効果が持続する、(4)心身のストレス反応の低減(参加前と比べて37%程度)と持続に効果がある、(5)活動量(運動量)の増加に効果がある(歩数が参加前と比べて2倍程度増加)という結果となった。
近年の働き方改革の推進により働き方は多様化し、自宅やコワーキングスペースなどオフィス以外の環境で働くスタイルは定着しつつある中でコロナ禍を経験して、多くの企業で在宅を中心としたリモートワークが急激に普及しており、終息後も在宅勤務にシフトすることを表明する企業も存在する。
一方で、従業員の心身の健康、および生産性を考慮しない働き方施策は特に健康経営を推進したい企業にとってリスクと成りえることから、米国の調査ではパンデミック後のステイホーム・在宅勤務の強制などで孤独感が急上昇していることが明らかになったという。
43%の人が「高孤独」状態と評価され、抑うつ傾向と高い相関を示すなど、慢性的な社会的孤立が招く精神的健康への重大な影響が懸念されているが、現状では多くの企業がそうしたリスクを正確に把握できておらず、解決策が見えないまま働き方施策を試行錯誤している状況であると指摘。
そうした状況の中、テレワークと心身の健康・生産性を両立できる働き方であるワーケーションは、リゾート地や地方など普段の職場とは異なる場所で働きながら休暇取得を行う仕組みであり、環境省からも設備・環境の整備を進めるなど、新たな観光需要の創出が期待されている新しい働き方だ。
しかし、ワーケーションが実際の労働生産性や心身の健康に与える効果・効用に関しては定量的研究が存在しないことから、経営者や人事担当者はエビデンスに基づいてワーケーションの推進判断を行うことが困難で、制度や支援の普及も進んでいない状況にあるという。
そこで、ワーケーションの効果・効用に関するエビデンス獲得に加え、効果的なワーケーション施策の策定・普及を目的に脳科学の見地から科学的な労働生産性向上のコンサルティングを行うNTTデータ経営研究所、ニューノーマル時代のワーケーションを提案するJTB、従業員向けのワーケーションをいち早く制度として取り入れてその社内外への普及と地域活性化を目指すJALが連携し、ワーケーションの科学的研究を開始する。
実証研究の第1弾として、カヌチャベイリゾートが運営するカヌチャリゾート(沖縄県名護市)でワーケーションの実証研究を行った。参加者は研究チーム企業の所属メンバーを中心とした男女18人、実験の期間はプレワーケーション期間(6月19日~同25日)、ワーケーション期間(6月26日~同28日)、ポストワーケーション期間(6月29日~7月3日)の3つの期間に分けた。
プレワーケーション期間は、ワーケーション実施前の対象者の状態・行動の把握を目的として、対象者の状態や仕事に対する姿勢等を問うWEBアンケートを計2回実施するとともに、ウェアラブルデバイス「Fibit Charge3 HR」といったリストバンド型の活動量計を常時装着し、活動量や睡眠時間等の行動データを収集。
ワーケーション期間は6月26日を勤務日、同27日・28日を休暇日とし、ワーケーション中の対象者の状態・行動の把握を目的として、対象者の状態や仕事に対する姿勢などを問うWEBアンケートを計11回実施するとともに、Fibit Charge3 HRを常時装着し、活動量や睡眠時間等の行動データを収集した。
ポストワーケーション期間は、ワーケーション後の対象者の状態・行動の把握を目的として、対象者の状態や仕事に対する姿勢等を問うWEBアンケートを計2回実施するとともに、ウェアラブルデバイス(Fibit Charge3 HR)を常時装着し、活動量や睡眠時間等の行動データを収集。
取得したデータはSegmentation preference(公私分離志向)、リカバリー経験、ワークエンゲイジメント、職業性ストレス、仕事のパフォーマンス、組織コミットメント、罪悪感、職務満足度、主観的健康感、主観的メンタル状態、直近の業務内容(ワーケーション中)、直近の自由時間の過ごし方(ワーケーション中)、活動量(歩数・その他消費カロリーなど)となる。
実験環境は、WiFi環境とソーシャルディスタンスを保持した執務エリアを設け、自室における執務も可(執務エリアではマスク着用、手指消毒の徹底)とした。実験参加者1人ずつの尺度得点を個人内で標準化し、ワーケーション前に始めて記録した時点t=0(最初期の記録)をベースとして、その後の変化を統計検定(反復測定分散分析及び多重比較)。
具体的な結果として、全実験期間のデータを対象にそれぞれの指標間の相互関係を知るために、相関係数を算出(個人内の相関分析の結果を全参加者間で平均化)し、「ワークエンゲイジメント」「仕事のパフォーマンス」「メンタルストレス」(下図の赤枠)と、「Segmentation preference(公私分離志向)・「リカバリー経験」(下図の青枠)の間が高い相関を示した。公私分離志向が強くなり、リカバリー経験を持つことで、仕事の生産性が上がり、メンタルの健康状態の改善につながることを示唆している。
また、ワーケーションの前後でSegmentation preferenceを比較したところ、ワーケーション後にスコアが上昇(初日→終了後5日目+25.0%)。ワーケーションの経験を通し、公私を分離する志向が促進されたことが示された。ワーケーションは、表面的に見ると公私が混ざり合う取り組みながら、むしろ逆の結果(仕事とプライベートのメリハリがつくようになる)となることが分かったという点で新しい発見となった。
さらに、ワーケーション期間中に情動的な組織コミットメントが上昇し、期間終了後もその上昇を維持(初回→期間後2日目+12.6%)し、情動的なコミットメントはワークエンゲイジメントと高い相関を示しており、ワーケーションが、従業員の会社に対する情動的な愛着や帰属意識を促進することで、結果的にパフォーマンス向上にも寄与することが期待されるとしている。開始時に一時的に規範的コミットメントが上昇しており、「ワーケーションを許可してくれた会社に対する規範的な帰属意識」が反映されたことを示唆するものだという。
加えて、ワーケーション開始後、仕事のパフォーマンスは向上(特にWHO-HPQが、初回→ワーケーション初日+20.7%)し、興味深いことにその向上はワーケーション終了後1週間も持続しており、ワーケーションは実施中の短期的な効果だけでなく、その後の残存効果も期待できることが判明した。
また、職業性ストレス(心身のストレス反応)は、全般的にワーケーション開始後、低減(初回→ワーケーション最終日の朝 全指標平均37.3%改善)し、特に「活気」が上がり、「不安感」は期間終了後も低減が持続。このことから、ワーケーションは心身のストレスを低減させ健康状態を改善させる効果が期待されるが「疲労感」は下がりにくい傾向も見られ、ワーケーションは活動が増える分、身体的疲労感を伴うことが確認された。
そのほか、活動量(歩数)の分析の結果、ワーケーション期間中は運動量が2倍程度(初回(6/24)6568歩→ワーケーション2日目(6/27):15653歩 2.38倍)に増え、通常業務に戻ることで活動量は減ったが、コロナ禍における在宅テレワークの強制は、運動量の大幅な低下、それ伴う糖尿病や循環器系の重大疾患へのリスクが指摘されており、ワーケーションの取り組みは身体的な健康にも寄与することが期待されるという。
今回、ワーケーション研究の第一弾として効果検証実験を行い、ワーケーションが生産性や心身の健康に与えるポジティブな効果がわかり、今後は実証実験のスキームを活用することで、自治体や企業に対して効果検証支援を行う。多くのデータが集まることで、どのような人が、どのような人(職場のチームなど)、どんな環境で、どういったアクティビティを伴ったワーケーションを実施すると効果的なのかといった踏み込んだ内容についても明らかにしていく考えだ。