大阪大学と東京大学の研究グループは7月22日、月周回衛星「かぐや」の地形カメラが撮影した観測データなどから、8億年前に100km以上のサイズの小惑星が破砕し、40~50兆トンという大量の隕石がシャワーのように地球と月に降り注いだことを明らかにしたと発表した。
同成果は、同大学大学院理学研究科の寺田健太郎 教授、東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻の諸田智克准 教授らの共同研究グループによるもの。詳細は、英国科学誌「Nature Communications」(オンライン版)に掲載された。
地球では火山や地震などの地殻変動や火山活動、降雨・降雪、さらには津波などによる浸食があるため、太古のクレーターはそう多く残っていない。特に、全地球規模で氷河に覆われた2回のスノーボールアース時代(6.5~6.4億年前と7.3~7.0億年前)より以前の時代においては、クレーターの形成頻度は不明瞭だ。そこで寺田教授らは、風化がほとんどない月面のクレーターに着目した。
クレーターのサイズ分布をもとに推定された地質年代は、一般に「クレーター年代」と呼ばれている。今回の研究では、直径20km以上のサイズを有する59個の月面クレーターについて、その周辺地域に存在する0.1~1kmサイズの微小クレーターのサイズ分布を月周回衛星「かぐや」の観測データを用いて精査することで、中心にあるクレーターの形成年代の測定に挑んだ。その結果、59個のうちの8個(モデルによっては17個)の形成年代が一致することを、寺田教授らは世界で初めて突き止めたという。偶然、このような現象が起こる確率は極めて低く、小惑星の破砕で誕生した大量の破片(隕石)が月全体にシャワーのように降り注いだ可能性が考えられるとしている。
さらに、アポロ計画で持ち帰られた月の岩石試料を用いた放射年代測定、月面クレーターのサイズ、月と地球の衝突断面積なども考慮。その結果、スノーボールアース時代以前の8億年前に、少なくとも総量(4-5)×1016kg=40~50兆トンという大量の隕石が、シャワーのように地球に降り注いだことが明らかとなったのである。40~50兆トンとは、東京スカイツリー(地上部本体と心柱で約5万トン)に換算すると、8億~10億になるというとてつもない重量になる。
地球に衝突した隕石といえば、約6500万年前の恐竜を初めとする生物の大量絶滅を引き起こした巨大隕石が有名だ。しかし今回判明した大量の小惑星シャワーは、チクシュルーブ隕石の30倍から60倍に匹敵するという。そのため、当時の地球表層環境に甚大な影響を与えたと考えられるとする。
さらに寺田教授らは、この小惑星シャワーの母天体に関しても考察。破砕した隕石が直径93kmある月のコペルニクス・クレーターを形成するには、母天体のサイズは少なくとも100km以上が必要と算出。さらに、その場所が「共鳴軌道」と呼ばれる不安定領域の近傍に存在する必要もあるという。共鳴軌道とはひとつの天体を公転するふたつの天体が、互いに重力の影響を及ぼし合う結果、両者の軌道が変化してしまい、不安定な軌道のことをいう。
これらを考慮した結果、100km以上の母天体は8.3億年前に分裂し、約半分近くの破片の軌道が乱されて小惑星帯から失われた「オライリア族」である可能性が高いとしている。なおオライリア族は、「はやぶさ2」が探査している小惑星リュウグウなどと反射スペクトルが似ていることから、C型の地球近傍小惑星の母天体候補として注目されている小惑星族である。
また、一般に地球近傍小惑星の寿命は短いため、数億年ごとに小惑星帯から供給されるメカニズムが必要なことなども含めて考えると、次のようなシナリオを描くことできるという。8億年前に大規模に破砕した小惑星の一部は地球型惑星や太陽に落下し、一部は現在のオライリア族として小惑星帯に残り、また一部はラブルパイル構造となって地球近傍小惑星へと軌道が変わっていった、というものである。ラブルパイル小惑星とは、小惑星リュウグウや初代「はやぶさ」が探査を行った小惑星イトカワなど、破砕した岩塊が弱い重力で再集積したもろい構造を持った小惑星のことだ。
そして今回の成果から、3つの点が示唆されるとする。ひとつは、8億年前の地球表層環境への影響だ。しかし現在のところ、恐竜を滅ぼしたチクシュルーブ隕石が作り出したK-pg境界層(かつてはK-T境界層と呼ばれていた)のような、地球化学的な明確な証拠は見つかっていない。K-Pg境界層とは、地上では希少なイリジウムが異常に濃縮した層のことで、中生代(の白亜紀)と新生代(の古第三期)を分けており、巨大隕石衝突によって宇宙から持たされたイリジウムが降り積もって誕生したと考えられている。こうした明確な地層は見つかっていないが、全球凍結の直前に海洋中のリン濃度が4倍に急増し、生命の多様化が促進された可能性は報告されているとしている。
小惑星シャワーで地球に降り注いだリンの総量は、現在の海洋中に溶け込んでいる総量と比較して10倍以上と見積もられ、地球の表層環境に何らかの影響を与えたとしてもおかしくないとする。寺田教授らは、今回の研究を契機に、「8億年前の環境変動が、地球外に原因があったかもしれないという観点で地球科学が進展すると嬉しく思います」としている。
さらにふたつ目として取り上げられたのが、炭素質などを多く含んだC型小惑星がもたらした揮発性物質による月表面の汚染についてだ。従来は、アポロ計画で持ち帰られた岩石試料から、月には炭素などの揮発性物質は存在しないと考えられてきた。しかし、近年の観測で氷の形で水が発見されたほか、炭素イオンも各所に存在することが明らかになってきている。
そうした事実から、現在、研究者の間では「月は揮発性元素を持つか持たないか」ではなく、「月はいつから揮発性元素を持っていたのか」に論点が変わってきているという。寺田教授らは、今回のC型小惑星のシャワーがもたらしたと考えられることから、太陽系46億年の歴史から見ると8億年前という比較的最近のこととしている。
最後の3つ目として、地球近傍のC型ラブルパイル小惑星と月の関連性についても触れている。破砕年代と軌道要素から、今回の小惑星シャワーの母天体はオライリア族の可能性が高い。そしてオライリア族は、反射スペクトルの類似から小惑星リュウグウなどの母天体候補でもある可能性があることも前述した通り。「はやぶさ2」が2020年冬に帰還し、小惑星リュウグウのリターンサンプルの放射年代測定を実施すれば、母天体の破砕年代が明らかになる。その結果として、小惑星シャワーと地球近傍のC型ラブルパイル小惑星との関連性が明らかになることから、寺田教授らはリターンサンプルの分析に期待していると述べている。