「給与が直接スマホ決済で受け取れたら、そのまま使えてしかもポイントがついて良いのに」「働き方改革やキャッシュレス化が進むのに、給与は会社指定の銀行への振込で旧態依然としている」という声に応える「デジタルマネー給与」について、前後編に分けてお伝えしています。前編でお話した内容は以下の4点です。

  • コロナで働き方が大きく変わり、より一層パラレルワークや副業が進む

  • パラレルワークにより、お金のイニシアチブは会社から働く人に移る

  • 働く人が、スマホ決済などで自由に給与受取方法を指定できる、デジタルマネー給与が解禁見込み

  • デジタルマネー給与は、海外ではすでに普及している

後半の今回は「デジタルマネー給与は何がうれしいか」です。

日本における給与受取方法の歴史

まず初めに、給与の受取方法がどう変わってきたかを簡単に振り返ります。いわゆるサラリーマンが登場したのは1920年代頃で、その当時の給与は現金手渡しが主流でした。社長が社員1人ずつに給与袋を手渡すシーンは、テレビなどで一度は見たことがあるのではないでしょうか。

それが1970年代の高度経済成長期になると、会社指定の銀行への振込が普及していきます。メインバンク制の下、企業は銀行に給与を振り込む、銀行は企業に融資する、という関係ができあがったためです。加えて、銀行の現金引き出し機(ATM)が街中に増え、現金引き出しのためにいちいち銀行の窓口に行かないですむようになったことも、労働者が銀行振り込みをすんなり受け入れた背景にあります。

その後、1つの銀行だけでなく複数銀行に給与振込ができるようになったり、ATMの利用時間が伸びたり、どんどん利便性が高まり、現在に至ります。

銀行への給与振込の便利・不便な点

振り返ってみると、日本の銀行への給与振込は、働く人も企業も、銀行もうれしい、三方良しの仕組みであったと言えます。

ATMでいつでもどこでもお金が引き出せ、家賃・公共料金・クレジットカードなどは口座振替が指定できます。また日本の銀行は非常に安全で、ATMの予期せぬ停止、口座振替の遅れなどもほとんどありません。こういった点で銀行への振込は便利です。

しかし、近年のデジタル化やキャッシュレス化に伴い、不便な点が出てきていることも否めません。その代表格が、日常の買い物はほとんどスマホ決済を利用しているのに、銀行に振り込まれた給与を、わざわざスマホ決済にチャージしないといけない、というものです。その課題を解消するのが、デジタルマネー給与です。

前編でも説明した通り、デジタルマネー給与とは、

  • 労働者は、現金支払いとデジタルマネー支払いを選択できる

  • デジタルマネーは資金移動業者のスマホ決済、プリペイドカード、電子マネーなどで受け取ることができる

  • 受け取った給与はATMなどで月に1回以上、手数料なしで引き出しができる

というものです。はじめから給与がスマホ決済に入り、チャージの手間が不要となるため、大きな期待が持たれているわけです。

  • 現状と今後見込まれるデジタルマネー給与の概要

    現状と今後見込まれるデジタルマネー給与の概要

デジタルマネー給与のうれしい点

スマホ決済で直接給与を受け取れること以外では、何がうれしいでしょうか。一番大きいものは、スマホ決済で支払うとキャッシュバックやポイントなどの特典が付くことです。国が主導するキャッシュレス消費者還元事業は2020年6月に終了となりましたが、スマホ決済ごとの個別のキャッシュバックのキャンペーンなどは続いています。給与の一定額にキャッシュバックが付くということは、給与が増えたとみなすことができます。

また、銀行口座の開設と比べて、スマホ決済は比較的簡単に利用開始することできます。若年層や外国人が働く際、銀行開設をする必要がないため、給与を受け取りやすくなることもデジタルマネー給与のメリットと言えます。

一方で、給与の全額がスマホ決済に入れば良いかというと、日本では必ずしもそうではありません。生活の固定費である家賃、公共料金、クレジットカードなどは多くが銀行口座からの引き落としになっています。これらをスマホ決済に切り替えるのは面倒ですし、また金額も大きいことから、全額がスマホ決済に入っていると不安も大きくなります。

銀行サービスが充実した日本においては、生活の固定費支払分は銀行で受け取り、スマホ決済で普段使いする分はデジタルマネー給与で受け取るというようにと選択できるようにするのがベストであり、この取り組みによって、自分の働き方に合わせて給与を受け取ることができるようになるのです。

デジタルマネー給与の利用シーン

ここで皆様がより具体的に想像できるように、デジタルマネー給与が解禁された後の利用シーンをご紹介します。

  • パラレルワークで2つの会社で働くAさん
    1つの会社は銀行で給与受取して固定費支払と貯金用に、もう一方の会社はスマホ決済で給与受取して普段使い用、と使い分けをしています。銀行口座とスマホ決済は、家計簿サービスでまとめて資産管理をしています。

  • 大学生のBさん
    大学に通いながら、社会人としての経験を積むため、インターン生として仕事もしています。自由に使える銀行口座は持っていないので、普段使いしているスマホ決済で給与を受け取ることにしました。また、別でやっているアルバイト代も同じスマホ決済で受け取っています。

  • 海外赴任中のCさん
    給与は日本円でもらうものの、現地通貨に交換してから買い物をするのが面倒です。給与の一部は海外通貨で支払いができるプリペイドカードで給与受取し、そのまま買い物ができるようになりました。

そのほか、お小遣い制の人がへそくりとして活用、というケースもあるかもしれません。このように、働く人が自分の生活スタイルに合わせ、給与の受け取り方にイニシアチブを持てるようになるのが、デジタルマネー給与が普及した世界観となります。

企業、銀行から見たデジタルマネー給与のメリット

1970年代に銀行での給与受取が普及したように、企業、銀行にとってもメリットがないと、デジタルマネー給与は普及しません。そこで、最後にこの点を見ておきます。

企業にとっては、福利厚生としての意味合いが大きいとこいうことが挙げられます。社員に給与受取手段の多様性を提供しつつ、その先のスマホ決済でキャッシュバックなどの特典を間接的に提供できます。また、銀行ATMで毎月給与振込をしている中小企業にとっては、手数料削減、業務効率化につながります。

銀行にとっては、短期的には取り扱う給与が減りますが、日本では銀行振込とデジタルマネー給与は共存すると予想されます。長期的に見ると、顧客チャネルは維持しながら、ATMの削減、低稼働率の口座の削減など、コスト削減効果が期待できます。

このように、デジタルマネー給与は、デジタル化、パラレルワーク化時代における、企業・銀行・働く人の三方良しの仕組みを保つことを可能にします。

まとめ

前後編2回に分けて、「デジタルマネー給与とは何か」「デジタルマネー給与は何が嬉しいか」をお話してきました。デジタルマネー給与解禁に向けた議論は進んでいますが、どのような形で普及するかは、今後、どのように活用されるか次第です。皆さんも、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょう。

著者プロフィール: 津守 諭

TIS株式会社
ペイメントサービス第1部 部長

2002年に大学卒業後、TIS株式会社に入社。システムエンジニア、プロジェクトマネージャーとして、数多くのクレジットカードシステムの構築・保守運用に従事。2010年より同経営企画部門やコンサルティング部門を歴任。TISの中期経営計画策定やM&Aによるアライアンス構築を通し、TIS全体の決済サービスにおけるバリューチェーン強化を推進。2017年より現職。国内トップシェアのブランドデビット・プリペイドプロセシングサービスの責任者として、キャッシュレス促進に取り組む。