中国の宇宙ベンチャーである北京星際栄耀空間科技(以下、星際栄耀)は2019年7月25日、「双曲線一号(Hyperbola-1)」ロケットによる人工衛星の打ち上げに成功した。
中国では近年、民間企業によるロケット開発が活発になっているが、衛星の打ち上げに成功したのはこれが初めて。今後さらに競争が激化しそうだ。
双曲線一号は日本時間7月25日14時ちょうど(北京時間25日13時ちょうど)、中国の酒泉衛星発射センターから離昇した。ロケットは順調に飛行し、搭載していた2機の衛星を高度300kmの円軌道に投入。同社は打ち上げは成功したと発表している。
同社によると、ロケットに搭載していたのは中国航天科工集団(CASIC)傘下の空間工程発展が開発した衛星と、北京工科大学が開発した衛星の2機。また、今回の打ち上げでスポンサーとなったワイン会社と自動車会社のペイロードが、第4段に装着する形で搭載されていたという。
その後、米軍が運用する軌道上の物体を監視するシステムが、この打ち上げで衛星が軌道に乗ったことを確認。打ち上げ成功が裏付けられている。
星際栄耀と双曲線一号
星際栄耀は、2016年に設立された中国の宇宙ベンチャー企業で、現在の従業員数は約120人。マイクロ・ローンチャー(超小型ロケット)による超小型衛星の打ち上げビジネスへの参入を目指してきた。中国国内の投資会社などから資金調達も取り付けており、これまでの調達額は累計で100億円を超える。
双曲線一号は、1~3段目が固体、4段目のみ液体の4段式ロケットで、直径1.4m、全長20m。1段目の下部には、通常の翼ではなく、格子状のグリッド・フィンを装備している。
打ち上げ能力は、地球低軌道に300kg、高度700kmの太陽同期軌道に150kg。打ち上げコストや価格などは明らかにされていない。
同社は昨年4月に「双曲線一号S」、9月には「双曲線一号Z」と呼ばれるサブオービタル・ロケットを打ち上げ、高度100kmを越える飛行に成功しているが、これらは双曲線一号の第2段に相当する機体であり、今回の衛星打ち上げに向けた試験だったと考えられている。
また、米国のシンクタンクなどからは、星際栄耀は中国最大手の国営宇宙企業・中国航天科技集団(CASC)とのつながりが深いと指摘されており、双曲線一号の固体ロケット・モーターなど、部品の多くは同社から供給されているという。実際、双曲線一号の機体寸法などは、CASCの傘下にある航天動力技術研究院(AASPT)が開発・製造した短距離弾道ミサイル「東風11」や「東風15」との関連がみられる。
ただ、ロケット・モーターやエンジンなどの部品を外部にアウトソーシングすることは、世界初の民間宇宙企業であるオービタル・サイエンシズが取った手法でもあり、ミサイルから宇宙ロケットへの転用もまた、同社をはじめ米露では積極的におこなわれていることでもある。
超小型ロケットの打ち上げ市場をめぐっては、米国のロケット・ラボ(Rocket Lab)やヴァージン・オービット(Virgin Orbit)、日本のインターステラテクノロジズやスペースワンなどがしのぎを削っており、また中国国内でも北京藍箭空間科技(藍箭航天)、零壹空間科技(零壹空間)などといったライバルが存在するなど、成長と競争の激しい分野である。
このうち、衛星打ち上げに成功したのはロケット・ラボのみで、他社はまだ開発、試験中の段階にある。とくに、藍箭航天は2018年10月に試みるも失敗、零壹空間も今年3月に挑むも失敗に終わっている。
今回の星際栄耀の成功は、中国の民間企業が開発した超小型ロケットで衛星打ち上げに成功した初めての事例となり、また国営企業(及びその傘下)ではない企業が衛星を打ち上げた事例としても中国初となった。
さらに、民間の超小型ロケットによる衛星打ち上げ成功は世界でも2社目で、あるいはやや規模は大きくなるものの、オービタル・サイエンシズ(現ノースロップ・グラマン)の「ペガサス」ロケットや、引退したスペースXの「ファルコン1」といった小型ロケットを加えても4社目である。
再使用ロケットの開発も
同社では今後、2020年末までに、双曲線一号の2号機から6号機までの打ち上げをおこないたいとしている。
また、双曲線一号は固体ロケットかつ、ミサイルからの転用とみられているが、同社では液体酸素と液化メタンを推進剤とする、まったく新しい「双曲線二号」ロケットの開発も進めている。
双曲線二号は地球低軌道に1.9tの打ち上げ能力をもち、また1段目は回収・再使用でき、低コスト化も図る。初打ち上げは2021年の予定で、現在までにエンジンの200秒間の燃焼試験に成功しているという。また、2023年にはより大型かつ、双曲線二号と同様に再使用可能な、「双曲線三号」の打ち上げをおこなうとしている。
さらに、サブオービタル宇宙船のコンセプトも発表するなど、積極的な姿勢が垣間見える。
一方、藍箭航天や零壹空間でも、成功に向けて次のロケットの打ち上げや、さらなる新型ロケットの開発を計画している。
中国は輸出規制などの関係で、他国からの打ち上げサービスの受注などにはやや制約があるが、中国国内だけでもさまざまな計画、投資が進んでおり、大きな需要が眠っている。そうした動きを背景に、今後、この分野はさらに競争が激化しそうだ。
出典
・http://www.i-space.com.cn/index.php?m=content&c=index&a=show&catid=13&id=24
・http://www.i-space.com.cn/index.php?m=content&c=index&a=lists&catid=4
・https://zhuanlan.zhihu.com/p/75200587
・StarCraft Glory - Hyperbola
・http://www.spaceflightfans.cn/59684.html
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info