昨年11月、国際体操連盟(FIG)が富士通の採点支援システムの採用を決定した。今年から来年にかけて、ラグビーのワールドカップ、東京オリンピック・パラリンピックと国際的なスポーツイベントが目白押しだ。今回、同システムの事業を率いる富士通 スポーツ・文化イベントビジネス推進本部 第二スポーツビジネス統括部長 兼 東京オリンピック・パラリンピック推進本部 シニアディレクターの藤原英則氏に話を聞いた。
冗談から始まったシステム開発
事の発端は2016年にさかのぼる。藤原氏が東京オリンピック・パラリンピックに向けて企画をスタートさせようとしていた頃に、FIG会長の渡邊守成氏と出会う。
そのとき藤原氏が渡邉氏に「東京オリンピック・パラリンピックでなにかやりませんか?」と問いかけたところ、渡邉氏が冗談交じりで「ロボットじゃないですか?」と返答し、開発をスタートさせたという。藤原氏は「われわれが鵜呑みにして、本気になってしまいました」と笑いながら当時を振り返る。
同氏は「東京でオリンピック・パラリンピックが開催されるから、単にスポンサーになるだけではなく、東京オリンピック・パラリンピックだからこそ“社会貢献”したということは1964年にも経験していたことから、2020年も同様の感覚を得られればと感じていました」と、語気を強める。
ただ、企画立案当初は社内で疑問の声があったのも事実だ。そこで、同氏は2016年に社内コンテスト(組織票が投票できないWeb審査)に応募する。その際のアイデアが最優秀賞を獲得し、まずは社内での認知が拡大した。また、藤原氏はスポーツ庁の「スポーツ未来開拓会議」や官民連携の会議などに出席し、スポーツITの必要性を訴えるなど、社内外の風向きも変わってきたという。
そのような経緯を踏まえ、富士通として東京オリンピック・パラリンピックになにを残すのか。藤原氏は、国内では少子高齢化が進んでおり、開発した技術が将来的に高齢化社会に対応し、ひいては産業変革と社会構造の変革につながるような、スポーツの産業化が必要であるとの認識を示している。
政府は、スポーツ産業市場の規模をを2015年比で約3倍の15兆円を計画しており、そのためにも国際的なスポーツイベントが国内で開催されることを活かさなければならないという。藤原氏は「近年、ITは多種多様なスポーツに導入されてはいます。しかし、フル活用の段階ではなく、競技力の向上や公平性など一部の領域のみとなっています。そのため、体の詳細な動きに対しては未開拓でした。東京オリンピック・パラリンピックを迎えるにあたり、これまでスポーツ分野で培った技術を応用し、支援したいと考えました」と、話す。
見えてきた体操の課題とポテンシャル
これまで、同社ではスポーツデジタルソリューションとして「スポーツセンシング/AI」「スポーツデジタルマーケティング」「スタジアム/アリーナソリューション」などを提供してきた。体操の特徴は、ある程度の人気があることに加え、身近に感じるスポーツのため競技人口は多いものの技術の向上が難しいという側面があり、柔道などの武道は60%以上の中上級者を抱えているが、体操は60%以下が初心者だと藤原氏は指摘する。
また、観戦はテレビをはじめとしたメディア観戦はするものの、会場での観戦は少ない傾向にあり、ギャップが存在する一方でオリンピック・パラリンピックにおいて一番印象に残った競技のアンケートでは1位、かつメダルも獲得しており、体操自体は奥深く、ポテンシャルを備えているという。
体操は、男子6種目(ゆか、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、鉄棒)、女子4種目(ゆか、跳馬、段違い平行棒、平均台)の計10種目で構成され、審判員は技の難易度、旋回・倒立などのグループに分けてスコアシートに記入するが、選手が競技中は正確な採点を行うためシートに目を落としながら採点するには難しく、手計算で行っているのが実情だ。
審判員はDスコア(演技評価点、難度や組み合わせなどの演技価値)が2人(うち1人が調整役)、Eスコア(実施点、演技の実施原点を10点満点から引いたスコアを出し、5つのスコアの中でもっとも高いものと低いものを除く、中間の3つの平均で1つのEスコアを算出)が5人、R(参考審判員)が2人、これにスーペリア審判と線審、タイム審判が加り、計10人以上が採点に携わっている。
藤原氏は「これだけの審判員がいなければ正確な判定が下せないのです。選手は男女合わせて約200人が出場しますが、審判員は100人以上となっています。審判の採点は『採点規則 体操男子』および『採点規則 体操女子』に細かくまとめられています。例えば、あん馬は姿勢を一瞬で判断し、つり輪の静止技は角度45℃を維持するほか、床は高速での空中技など、それぞれの競技で細かく判定しなければなりません」と指摘する。
筆者も実際に男女の採点規則を手に取ったところ、かなり詳細に記載されていることから難解に感じたほか、男女で本が開き方に違いがある。同氏は「近年は器具の進化に伴い、選手の技が複雑かつ高速化し、感覚で左右されることもあるため、人の目では判定が難しいことから、これらの課題をサポートするにあたり、富士通研究所の持つ技術を磨き、システムを構築しようと考えました」と、経緯を説明する。