このように、ヤマハ発動機を含めて日本企業のマーケティングに対する課題を伺ったところで、具体的に現在のヤマハ発動機にはどのような課題があり、それをデジタルによってどのように変革していきたいのか。平野氏の構想を伺った。
平野氏がまず指摘したのが、データ管理の全体最適ができていないという点だ。ヤマハ発動機は、日本国内で販売会社(販社)を拡大し、海外へと展開してグローバル企業へと成長していった。平野氏は「その歴史的な経緯があるという背景があるためだが」という前置きをしたうえで、国内外100以上の関係会社・現地法人の基幹ITシステムがバラバラで、個別最適はされているもののグループ全体を統括できておらず、ヤマハ発動機のビジネス全体を考えるマーケティング機能が弱いのだという。
「データがサイロ化しており、アジャイル経営、迅速な経営判断ができていない」と平野氏。「System of Record(データを記録し管理するシステム)」と呼ばれる企業の差別化に影響しないデータ管理のレイヤーには、世界で実践されているベストプラクティスを導入してデジタル変革を推進していくとした。
そのデジタル変革の先に平野氏が描いているのが、“コネクテッドな世界の創出”だ。具体的には、オートバイ、電動アシスト自転車、マリンビークルなどあらゆるヤマハ発動機製品をクラウドに繋ぎ、それによって蓄積されていくデータをサービス展開などに活かしていったり、生産拠点へのIoT導入などによって機械がクラウドに繋がるスマートファクトリー化を推進し、世界中にある生産拠点の生産体制を最適化したり、メーカーとユーザーが繋がることで、製品の使用動向の分析やユーザーのブランドエンゲージメントの分析を推進したりするのだ。
「工場が生み出すデータ、製品が生み出すデータ、基幹システムが生み出すデータ、ソーシャルが生み出すデータ、これらのデータを分析することで、データの利活用にチャレンジしていきたい。データを有効活用することで、モノ+コトの展開が可能になる」(平野氏)
例えば、ユーザーとメーカーが繋がるという点については、自動車販売のビジネスモデルと同様、販売店に製品を卸すまでがメーカーのビジネスで、メーカーがエンドユーザーのことを深く知ることは非常に難しかったのだという。
ヤマハ発動機でも、ユーザー情報の管理やコミュニケーションは販売店に任せ、メーカーは製品保証のためのユーザー情報は保有していたが、リコールなどの場合を除きメーカーからユーザーに直接コンタクトをとることはなかったのだそうだ。また、 商品企画や戦略立案も商材によって縦割りで販売チャネルも違い、ユーザーに対してクロスセリングできる状態にもなかったという。
「マーケットの潜在顧客、ピュアなヤマハファンがどれくらいいるかも把握していなかった。カスタマージャーニーの分析は今のマーケティングでは当たり前だが、その点もおろそかだった」と平野氏は語る。
こうした課題を踏まえて、いまヤマハ発動機では“マーケットを知る”、“顧客を知る”という作業を急速に推進しているのだという。
「世界中で500万台以上のバイク、ボートや船外機(ボートのエンジン)などを含めると700万台以上のヤマハ発動機製品が売れていて、累積すれば年間4000万人以上の人がヤマハ発動機製品を使っている。デジタル変革を急速に進めることでこうした人たちと繋がり、加えてこれからヤマハユーザーになってくれるようなポテンシャルのあるユーザーと繋がっていくためのチャレンジを進めていきたい」(平野氏)