科学技術振興機構(JST)と日本科学オリンピック委員会が主催する「『国際科学オリンピック日本開催』シンポジウム」が9月17日、東京都・文京区の東京大学 伊藤謝恩ホールで開かれ、科学に興味を持つ子どもたちや保護者ら約400人が、国際科学オリンピックをテーマにしたディスカッションやワークショップなどに参加した。
2020年から4年連続で開催地となっている日本
日本は毎年、JSTの支援事業対象となっている7教科(数学・化学・生物学・物理・情報・地学・地理)の国際科学オリンピックに代表選手を派遣している。今年度は31名が出場し、金メダル7個を含む27個のメダルを獲得する活躍を見せた。9月には国際情報オリンピックが国内で初めて開催(茨城県つくば市)され、今後も生物学(2020年)、化学(2021年)、物理(2022年)、数学(2023年)と4大会の日本開催が予定されている。国際科学オリンピックを支援しているJSTと日本科学オリンピック委員会は代表選手強化や大会運営の支援体制充実に向け、国際科学オリンピックへの社会的関心をさらに高めていく必要がある。本シンポジウムもこうした啓発活動の一環として企画された。
開会にあたり、JST真先正人理事が、「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の機運が高まっているが、2020年から国内で連続開催される国際科学オリンピックも同じように盛り上げていきたい。昨今、人口減少や資源枯渇などの問題に直面している日本にとって、人材こそ国の宝であり、これからの日本を築く柱です。科学技術によるイノベーションの創出は未来の日本を作る非常に重要な鍵となります。皆さんには科学オリンピックの参加を通じて将来に向けて羽ばたいていってほしい」と来場者にエールを送った。
続いて、国際情報オリンピック日本大会組織委員会の古川一夫委員長が、9月1日から8日につくば市で開かれた大会の成果を報告した。今大会には、過去最多となる87の国と地域から335名の代表選手が参加した。日本からは4名の代表が出場し、全員がメダルを獲得(金1、銀1、銅2)。また、国内大会で次点となった4名の特別参加選手も、全員がメダルに相当する成績を収めた。古川氏は、国別順位でも12位に入ったことなどを紹介し、「選手たちはよくがんばってくれた」と健闘を称えるとともに、「国際情報オリンピックは世界中の仲間と知り合える楽しい大会。来年の国際大会に向けた国内予選は12月に行われるので、ぜひ参加してほしい」と来場した生徒らに呼びかけた。
経験者が語った科学オリンピックの面白さ
次に国際情報オリンピック経験者の秋葉拓哉氏(Preferred Networks執行役員)が、自身が感じた国際科学オリンピックの魅力を語った。
「情報科学という学問の奥深さや楽しさを知り、興味を持てたこと」が、その後の進路にもつながる大きな成果だったという秋葉氏。「プログラムを組むことより、土台となるアルゴリズムを考える数理科学的な発想力や思考力が重要で、その部分での自分の実力を知ったこと」、「国内外の仲間たちと交流することで、素晴らしいライバルや目標にできる先輩と出会えたこと」なども国際大会ならではの魅力だとした。
秋葉氏はその後、大学でも情報科学の研究を続け、現在はITベンチャーのPreferred Networks社で、AIとしてのディープラーニングに関する研究を行っている。同社は、国際情報オリンピック日本大会をダイヤモンドスポンサーとして支援し、氏も表彰式でプレゼンターを務めた。
秋葉氏は、国際的な人材獲得競争が激化しているなか、「世界からトップレベルの生徒が集まる大会は、人材獲得の場として価値がある」と支援のメリットを強調。「日本で働きたいと思う優秀な人材を増やす意味でも、広範な支援が重要」と、産業界全体でサポートに力を入れていくべきとの見方を示した。
また、新学習指導要領で小学校にプログラミング教育が導入されるなど、「私が出場した当時に比べてプログラミング教育に追い風が吹き、学びやすい環境が整っている」とし、より多くの子どもたちに積極的に参加してほしいと述べた。
今の日本の科学教育に足りないものとは?
後半のパネルディスカッションでは、古川氏と秋葉氏に加え、廣井卓思氏(東京大学助教)、本多健太郎氏(富士通)の2人の国際科学オリンピック日本代表が登壇。ジャーナリストの池上彰氏をモデレーターに迎え、日本の科学教育のあり方などについて議論した。
日立製作所の元社長でもある古川氏は、米国のグローバル企業が主導するIT分野の現状に対して、「日本からも優秀な人材や元気のある新しい企業がどんどん出てきてほしい」と述べ、「才能のある人材をリスペクトして、彼らの能力を伸ばしていくような社会づくりが必要」と指摘。短期の目標達成を重視する経営姿勢が世界的に広がるなか、「リーマンショックの痛手から立ち直ったいま、日本の産業界は中長期的な人材育成に目を向けるべきだ」と提言した。
「AIの能力はいずれ人間の知性を超えるのではないか」との問題提起に対し、秋葉氏は「AIは進化しているが、人間の持つ思考力や、不思議に思う心・感性を再現することはできない」と説明。「『なぜ?』を追究する人間の営みこそ、科学の源であり、ここまで発展させてきた原動力だ」と述べた。
これに関連して本多氏は、「『なぜ?』を追い求めていく過程で、わかったような気になることもあるが、その一歩先に未知の領域が広がっているのが科学の面白さ」だとし、「研究する対象に対して謙虚な気持ちを持ち続けてほしい」と語った。
廣井氏は、科学に興味を持つ子どもたちに対して、「科学研究も科学オリンピックも、迷ったら挑戦してみることが大切。挑戦すれば後押ししてくれる人も現れるし、続けるきっかけも見つかる」とアドバイス。本多氏は、「興味のあることに取り組む子どもたちを、家族も応援してあげてほしい」と来場した保護者らに呼びかけた。
まとめとしてモデレーターの池上氏は、「何の役に立つのか」といった実利的な視点での研究より、「身近な疑問や驚きを大切にしながら、興味のあることに挑戦することが重要」と議論のポイントを強調し、「このような"科学すること"が、いずれ世の中を変えていくのかもしれない」と投げかけた。
パネルディスカッションの後、会場では、情報、生物学、化学の国際科学オリンピックに関連したワークショップが開かれ、科学オリンピックを目指す子どもたちが参加した。化学のワークショップでは、廣井氏の解説で生徒たちがオリンピックの疑似問題に挑戦したほか、情報ではトランプを使ってアルゴリズムの作成過程を体験、生物学では植物の種子の観察などを行った。また、静電気や風船など身近なものを題材にした参加型サイエンスショーも多くの親子連れでにぎわった。