AIがさまざまな業界で活用され始めていることは知ってたが、よもや「クリーニング店」ですでに導入されていようとは――。
人口減少と市場規模縮小がAIに結びついた
Googleは4月4日に、「現場で役立つ機械学習」をテーマにしたメディア向けのセミナーを開催した。そこで登壇した田原大輔氏は、福岡県田川市でクリーニング店を展開するエルアンドエーの取締役副社長だ。Googleが提供している機械学習用のオープンソース「TensorFlow」を活用し、独自にクリーニング店用の画像認識システムを構築しているという。画像認識によってクリーニング店での来店状況や持ち込まれた洋服の種類を判別できるようにすることで、2019~2020年に「無人クリーニング店」のオープンを目指す。
しかしなぜ、クリーニング店がAIを活用しようと考えたのか。
それは「地域の特性」と「業界の特性」に起因すると田原氏は語る。
「田川市は炭鉱で栄えた町。現在は過疎化と高齢化が進み、人口が著しく減っています。オシャレなクリーニング店を作り、付加価値を高める試みを行ってはいますが、利用者の興味は長くは続きません。10年後もわざわざ片道1時間かけて訪れるかというと、それは難しいでしょう」
また、クリーニング業界では、1992年に8170億円だった市場規模が、2017年には3473億円まで縮小してきている。
「1店舗当たりの収益も徐々に下がってきており、スタッフを増やすことが難しい状況です。優秀な家庭用洗濯機が続々と登場していることも相まって、クリーニング店の利用頻度は減少が続くでしょう」
地方では労働人口の減少が進み、クリーニング業界は強い逆風にさらされている。どうにか現状を打破しなければならないという状況のなかで、2015年11月にTensorFlowがオープンソースとして公開された。
「当時、我々は"脱電話・脱メール・脱Excel"を掲げ、業務報告書を自動で作成してくれる数字に強いRPA『SUZYさん』や、シフトを自動で作成する『太志(ふとし)くん』など、ITリテラシーの低い社員でも簡単に使えるようなシステムの開発に着手していました。そのタイミングでTensorFlowが公開。エンジニアなどの経験はまったくないのですが、開発環境が整備されてきたこともあり、AIによる無人店舗を作れるのではないかと、素人ながらにやってみることにしたのです」
地域と業界の課題をクリアするために、店舗のIT化を進めていると、TensorFlowが公開された。そこで、田原氏はAIを使ったシステムの独自開発を決意する。コストをかけずに無人の店舗が作れれば、少ない労働力でも効率的な店舗運営ができるかもしれないと考えたのだ。
機械学習の活用で直面した4つの壁
実際に、無人店舗の実現を目指して人工知能を活用したツールの開発に着手すると、田原氏の前にはいくつもの壁が立ちはだかったという。それらは「課題発見」「データ収集」「機械学習」「実証実験」というフェーズで大きく1つずつ、計4つだ。
まず最初に直面した問題は、「とりあえずやってみた」だけでは意味がないということだ。田原氏は自分の性格をまずはやってみるタイプだと分析するが、マニュアルを読んで機械学習の方法自体を理解しても、事前の課題設定が明確でなければ、ユースケースに即した機械学習を行うことができないことがわかった。
次はデータ収集での壁。事前にデータセットなどがない場合、学習に必要な膨大なデータを自ら収集し、分類しなければならない。そこで田原氏は、カウンターの上にカメラを設置して、数秒おきに撮影した画像データを自動で収集する仕組みを構築した。2016年3月に稼働を開始し、集まった画像はおよそ2万5000枚だ。
データが取れたあとは、機械学習の内容の難解さが如実に現れる。「何度もエラーが出てくるので、心が折れてしまいそうになりますね」と田原氏。それでもあきらめずに取り組みを続けたことで、ようやくAIで画像認識ができるようになった。
そして、最後に向き合わなければならないのが、実証実験での壁だ。費用対効果なども考慮したビジネスモデルに、構築したシステムを落とし込まなければならない。
「現在はまだこの壁を乗り越えられていません。ベータ版は完成しましたが、それをどのような形で店舗や業務フローに取り入れていくか、これから解決していかなければならない問題です」(田原氏)
完成したβ版、その実力は?
現在完成しているβ版では、来客の検知と商品の検知が可能だ。来客を検知すると撮影した画像を指定のディレクトリへ自動で振り分けるようにできている。そして、商品検知では自動運転などで用いられる「Realtime object detection」をクリーニングに応用。カウンターに置かれた洋服の種類を識別する。
「現在は、洋服をスーツ、ズボン、ワイシャツといった24のカテゴリー分類が目標です。スーツやズボンの識別精度はすでに約99%。ブラウスやパーカー、Tシャツなどはサンプルのデータが集まりづらいこともあり、精度はまだまだですね」
知識ゼロからスタートして、独学で画像認識システムを作り上げた田原氏。AIを駆使して無人店舗を作りたいと言うと、誰もが口をそろえて「無謀だ」と言ったという。
しかし、田原氏は着実に歩を進め、すでに精度99%の画像認識エンジンを開発するまでに至っている。4つめの壁を見事乗り越えたとき、「無人クリーニング店舗」は多くの注目を集めることになるだろう。