青森県の十和田湖は国内有数の湖として有名だが、そこから太平洋へと水を運ぶ奥入瀬渓流(奥入瀬川)をご存知だろうか? 十和田八幡平国立公園内に位置しており、国の特別名勝、天然記念物に指定されている。ちなみに奥入瀬は「おくいりせ」と読みたくなるが、「おいらせ」と読む。
その渓流の側に、唯一建つホテルが星野リゾート 奥入瀬渓流ホテルだ。星野リゾートと言えば、長野県の総合リゾート企業として有名だが、青森には青森屋、界 津軽とあわせ3軒の施設を構える。北海道のトマムや長野県など、「スキーリゾート」のイメージもある星野リゾートだけに、豪雪地帯であり、本州最北端という土地柄からあまり連想できない地域に3軒は意外とも言える。
実際、奥入瀬渓流のある十和田市はこれまで、冬季観光シーズンで苦戦を強いられてきた。12月~3月の冬季4カ月における全国平均の宿泊率はおよそ31%。これに対して十和田市の割合は14%まで落ち込む。奥入瀬渓流ホテル自体は、夏季営業期間は「宿泊率は8割程度」(星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル 総支配人 宮越 俊輔氏)と非常に高い。
ただ、2005年に星野リゾート傘下入りしてから2008年まで、冬季期間は十和田市の平均宿泊率に近い惨状で、実に9年もの間、冬季営業を取りやめていた。同じく、十和田市の焼山・八甲田・十和田湖地区における宿泊22施設のうち、4割弱の8施設が休業しており、十和田市としては市内経済を考える上でも低宿泊率・冬季休業がダブルパンチとなっていた。
インバウンド客を取り込め
実際、十和田市 観光商工部 観光推進課 観光企画係 係長の小泉 和也氏は、「冬季期間は観光資源の問題があり、エリア全体で観光客が落ち込んでしまっていた」と話す。夏季は避暑地として自然豊かな環境を堪能できるが、冬は寒さが何よりも全面に出る。実際、取材した2月半ばも最高気温が氷点下と、関東地方在住の身からすれば非常に堪える寒さだ。
ただ、政府目標が毎年のように改定されたように、訪日外国人のインバウンド需要は本州最北端の地でも急伸している。平成28年に3万2000人だった十和田市のインバウンド客は、平成29年に5万人、平成30年もさらなる需要を見込んでいる。また、JR東日本の冬季キャンペーン「冬のごほうび」にも選ばれており、国内外の需要が増えつつある今こそ、と十和田市は捉えているようだ。
そこでスタートしたのが、「奥入瀬渓流氷瀑ツアー」だ。夏季は美しい滝や岩壁として見る者を楽しませてくれる奥入瀬渓流だが、冬季はこれが氷爆や氷柱に変化する。昼でも綺麗……なのだが、これだけではインパクトが足りない。そこで十和田市と星野リゾートが協力し、夜間のナイトツアーをこの1月からスタートした。
実はおよそ20年以上前、十和田市(当時・十和田湖町)は平成4~8年の5年に渡ってナイトツアーを実施していた。しかし、当時の照明器具は低消費電力のLEDではなくHIDのもので多くの電力を必要とする。すなわち発電機が必要となり、国立公園である以上、環境面での配慮が必要となり「渋滞による排ガス問題も重なり、終わってしまった」(小泉氏)。
しかしそれから20年が経ち、低消費電力のLED投光器が普及。特に、山形県酒田市の「玉簾の滝」のライトアップで実績のあったパナソニックの協力もあり、車に投光器を載せる形で今回のナイトツアーを実現した。
パナソニックの下支え
20年の歳月は技術革新の歴史でもある。HIDからLEDに変わったことは、単に低消費電力化を進めただけではない。水銀灯ランプなどは固定色になるが、LEDは三原色を利用出来るため、プログラミングによってさまざまな色合いを再現できる。
ナイトツアーでは全7箇所(星野リゾート、十和田市で個別ルートがあるため、それぞれすべてを回れるわけではない)それぞれにテーマを設定した。「雲井の滝」では「浮世絵」、「双白髪の滝」では「樹海」といったように、そのテーマに合う色合いを映し出す。雪の白はLED投光器の色をすべて受け入れるため、滝それぞれの個性に新たな性格を与えてくれる。
パナソニック エコソリューションズ社 ライティング事業部 エンジニアリングセンター 照明エンジニアリング部 東北ECの籠谷 葵氏は、「こういった色を使いたいという要望があれば、グループ会社(パナソニック ES エンジニアリング)のエンジニアが、1つずつ調光・調色、メンテナンスする」と話す。その道のプロフェッショナルが調光・調色することで、最高の色合いを出すというのが狙いだ。
例えば、東京・有楽町にある東急プラザ銀座やJR新宿ミライナタワー、京都タワーといった建築物の常用点灯でもさまざまなカラーリングでライトアップをパナソニックとして手がけてきた。こうした調色によるダイナミックな"演出"は事例が増えており、2020年の東京五輪に向けて特に関東地区では採用例も増えるとみられる。
「ただし、車の上部に投光器を設置して、というのはパナソニックでも初めての試みです。施設に設置する場合は光の角度などを厳密に定義できますが、奥入瀬は国立公園ですからライトを現場に固定できず、車を移動させるため、毎回同じ角度、場所とはいかず、見え方が変わってしまう。GPSの位置情報をマッピングしたり、到着位置の景色を写真撮影しておいて、それを見て"身体で覚える"ということをやっていただいています」(籠谷氏)
今回の事例ではもう一つ課題があった。例えば低消費電力のLEDといえども、投光器ともなれば家のLED電球とは話が違う。今回のライトアップで利用された「ダイナペインター」は、スペック表の数字を合わせると1000Wを超える。一般家庭でよく利用される50/60W電球20個分を、発電機ではなく電池で賄わなくてはならない。
ただ、そこは総合家電メーカーであるパナソニック。テスラ向け車載電池の大幅減収があったばかりだが、すでに稼働し始めているテスラのみならず、トヨタまでもが大規模な協業を視野に入れている。そうした技術力も背景に、デスク・ラック程度の大きさの蓄電池を用意して、最大8時間の投光を可能にした。20年前には成し得なかった光の彩り、そして環境面の配慮を同時にパナソニックの技術が乗り越えたのだ。