神戸大学は、これまでラン科植物「クロムヨウラン」として図鑑などで取り上げられていた植物が、「トサノクロムヨウラン」という別の植物で、本当のクロムヨウランは、蕾のまま自家受粉するため花を咲かせないという特殊な生態を持つ植物であることを明らかにしたと発表した。
同成果は、神戸大学 大学院理学研究科の末次健司 特命講師、在野の植物研究家である福永裕一氏、熊本大学 大学院自然科学研究科の島岡知恵氏、同大の大学院先端科学研究部の澤進一郎 教授によるもの。詳細は、国際誌「Phytokeys」(オンライン版)に掲載された。
植物の中には、光合成を行わずにキノコなどの菌糸を根に取り込み、それを消化して生育する「菌従属栄養植物」と呼ばれるものがある。この植物は、花期と果実期のわずかな期間しか地上に姿を現さないため、ほとんどの種において正確な分布情報は分かっていない。
この菌従属栄養植物の分布の調査と、その分類体系の整理に取り組んでいた研究グループは今回、宮崎県や高知県などに分布する植物が、花を開くことなく蕾のまま結実することを発見。さらにこの植物は、唇弁と呼ばれる花びらが匙状で、ムヨウランのように3裂せず先端部は紫色を帯びることから、クロムヨウランか、クロムヨウランに近縁な植物であることが分かった。
しかし、クロムヨウランは、花が開くことが知られている。この「咲くクロムヨウラン」は、本州から鹿児島まで広く分布しており、多くの植物図鑑にも、この「咲くクロムヨウラン」がクロムヨウランとして掲載されている。
もともとクロムヨウランは、1931年に和歌山県で採取された標本をもとに発表された植物であり、そこでは、クロムヨウランは、花が開かないと説明されていた。
しかし、「『咲くクロムヨウラン』も開花するとはいえ、わずかな時間しか開花せず、すぐに萎んでしまうため、一度開花した後萎んだものを見て、花が開かないなどと述べられている可能性がある」と考えた研究グループは、和歌山県の現地調査を行い、この場所のクロムヨウランも、花は一度も開かず硬い蕾のまま落下し、果実をつけることを明らかにした。これにより、「咲かないクロムヨウラン」が、本当のクロムヨウランだったことが分かった。
加えて、花を解剖して細かく花の構造を調査すると、このクロムヨウランは、開花しないだけではなく、「咲くクロムヨウラン」より、花の大きさが小さい、唇弁の色部分の面積が広いなどといった特徴でも区別できることが分かった。
クロムヨウランのような菌従属栄養植物は光合成を行わないため、光の届かない暗い林床を生育地としているが、そのような環境には蜂やチョウといった、花を訪れる昆虫がほとんどやってこないため、クロムヨウランやトサノクロムヨウランは暗い林床でも確実に繁殖できるように、受粉に昆虫のサポートを必要としない自家受粉を採用している。しかし、花粉を運んでくれる昆虫がほとんどやってこないにもかかわらず花を咲かせるのはコストが大きく、クロムヨウランは、花を咲かせることすらやめてしまった可能性があるという。
なお研究グループは「これらの研究結果は、植物は、光合成をやめる過程で花粉を運んでくれる昆虫などとの共生関係も変化させることを示唆するもの」と説明しており、今後も、菌従属栄養植物の分類学的、生態学的研究を行うことで、植物が光合成をやめる過程で起こった変化を明らかにしていきたいとしている。