プリンストン大学の研究チームは、量子コンピュータの重要な構成要素である量子ゲートを、シリコンデバイスを用いて実装することに成功したと発表した。シリコン中の電子のスピンを利用する2量子ビットの量子ゲートであり、これまでに報告されていた同様の研究よりもゲート操作の忠実性と動作速度が向上している。デバイス製造技術が確立しているシリコンを用いた量子コンピュータの実現につながる技術として期待される。研究論文は科学誌「Science」に掲載された。

  • シリコンを用いた2量子ビットCNOTゲートの電子顕微鏡写真とデバイス構造図。

    シリコンを用いた2量子ビットCNOTゲートの電子顕微鏡写真とデバイス構造図。青い球は電子、矢印はそのスピン方向を表わしている(出所:プリンストン大学)

最近の研究では、50量子ビットを超える大規模な量子シミュレータなども報告されるようになってきているが、その多くは、極低温条件下での超伝導回路を用いて作った人工原子、あるいはレーザー冷却トラップ技術による原子やイオンといった特殊な材料を量子ビットに用いている。

通常のパソコンやスマホのCPUなどに使われているシリコンデバイスを利用して量子コンピュータを実現できれば、製造コストや量産プロセスなどの観点からメリットは大きい。このため、シリコンベースでの量子コンピュータに必要とされる量子ゲートなどの要素技術の研究開発が行われるようになっている。

今回の研究では、シリコンデバイスを用いた2量子ビットの量子ゲートが作製され、その動作実証が行われた。量子ビットとして電子のスピン方向(上向き/下向き)を利用するもので、量子ゲートの論理構造は制御NOTゲート(CNOTゲート)と呼ばれるタイプとなっている。

CNOTゲートは、2量子ビットのうち、一方の値に依存して他方の量子ビットの値が反転するかどうかが決まるという動きをする。たとえば、1番目の量子ビットの値が1ならば、2番目の量子ビットの値を反転(0→1など)させるといった操作を行う。1番目の量子ビットのもつ値(0または1)が、量子力学で決まる確率計算に従って同時に0でもあり1でもある重ね合わせ状態になることによって、従来型コンピュータの論理ゲートでは不可能な並列演算処理が行えるとされる。

シリコンベースの2量子ビットCNOTゲートについては、先行研究でも同様のデバイスが報告されているが、今回の研究の主な成果としては、電磁波による単一量子ビットのゲート操作の忠実度が99%超と高くなっていること、ゲート操作の速度が200ナノ秒程度でできるようになり先行研究と比較して1桁近く高速化したことなどが挙げられている。

また、今回のCNOTゲートを使ってベル状態を生成したときの忠実度、すなわち1番目の量子ビットの値に依存して量子もつれ状態にある2番目の量子ビットの反転が正しく行われる確率も、78%という非常に高いものであったと報告されている。

デバイスの構造は、シリコン層の上に形成した酸化アルミニウム(Al2O3)ワイヤを通して電圧をかけることによって、シリコン層中の電子2個をトラップするというもの。2つの電子はシリコン中のエネルギー障壁によって分離されているが、障壁の高さを一時的に下げることによって量子情報が共有されて量子もつれ状態となり、量子ゲートとして機能するようになるという。