米国の航空宇宙メーカー、シエラ・ネヴァダ・コーポレーション(Sierra Nevada Corporation)は2017年11月11日(現地時間)、開発中の有翼宇宙船「ドリーム・チェイサー」(Dream Chaser)の滑空飛行試験に成功した。
ドリーム・チェイサーはもともと、地球と国際宇宙ステーション(ISS)とを結ぶ有人宇宙船として開発されていたものの、計画の変更などから、現在は物資を送り届ける無人の補給船として開発が進められている。同社では早ければ2019年の運用開始を目指している。
試験は11日、カリフォルニア州にあるエドワーズ空軍基地とNASAアームストロング飛行研究センターを使って行われた。ドリーム・チェイサーの試験機は、ヘリコプターに吊るされた状態で高度約1万2400ft(約3.8km)まで運ばれ、投下。そこから単独で自律的に飛行し、グライダーのように滑空飛行して、エドワーズ空軍基地の滑走路22Lに着陸した。
同様の試験が行われるのは2013年以来、これが2回目となる。しかし2013年の試験では、着陸の直前左側の着陸脚が出ないという問題が発生。ドリーム・チェイサーは滑空飛行しかできず、着陸をやり直すことができないため、そのまま着陸し、機体が大きく損傷する結果に終わっていた。
着陸まで含め完璧に成功したのは今回が初めてで、また2013年のときより、コンピューターやソフトウェアも改良され、実際に宇宙を飛ぶ実機により近い形態での試験でもあったという。
今回の試験の成功を受けて、シエラ・ネヴァダのMark Sirangelo副社長は「今回の試験は、ドリーム・チェイサーの空力設計が優れていることを示し、そして高い安全性と信頼性を兼ね備えた軌道飛行の実現に向けて、確実に進んでいることを示しています」と語っている。
ドリーム・チェイサー
ドリーム・チェイサーはシエラ・ネヴァダが開発している無人の補給船で、国際宇宙ステーション(ISS)へ物資を補給したり、逆にISSで生み出された実験成果や装置を地球に持ち帰ったりなど、物資の輸送に使うことを目指している。
最大の特徴はスペースシャトルのような翼をもっていることで、これにより滑走路に着陸することができ、また機体にかかるGも、カプセル型の補給船に比べて小さくできるため、搭載物資にとってやさしい環境にできる。機体はスペースシャトルの4分の1ほどの大きさで、約15回程度の再使用ができるという。
ドリーム・チェイサーの開発の歴史は、NASAが1960年代に開発していた、胴体そのものが翼のように揚力を発生させる「リフティング・ボディ」の実験機にまでさかのぼる。このときは実際に宇宙に行く宇宙船の開発までには至らなかったものの、その技術は細々と生きながらえ続け、やがてソ連が開発していた小型のスペースシャトルの技術も取り入れるなどして、1990年代にはISSへの宇宙飛行士の輸送を目的とした小型シャトル「HL-20」の開発が始まった。
その後、予算の関係などから、NASAにおけるHL-20の開発は中止となるが、その技術をスペースデヴ(SpaceDev)という民間企業が引き取り、「ドリーム・チェイサー」という名前で開発が続けられることになった。
2000年代に入ると、NASAはISSへの補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に委託することを決定。そのためのロケットや宇宙船の開発に補助金を出す計画も始まった。スペースデヴはドリーム・チェイサーをこの計画に応募し、いくつかの審査を通過して資金を得ることに成功した。しかし最終的には、物資の補給契約も、宇宙飛行士の輸送契約にも取ることができず、採用には至らなかった。
ちなみにこのとき、物資補給で採用されたのはスペースXの「ファルコン9」ロケットと「ドラゴン」補給船、そしてオービタルATKの「アンタリーズ」ロケットと「シグナス」補給船で、「商業補給サービス1」(CRS-1)という計画名のもと、現在も補給ミッションを続けている。一方の宇宙飛行士の輸送では、スペースXの「ドラゴン2」宇宙船、ボーイングの「スターライナー」宇宙船が選ばれ、2018年の初打ち上げを目指して開発が続いている。
スペースデヴは2008年に航空宇宙大手のシエラ・ネヴァダに買収され、ドリーム・チェイサーの開発も継続された。NASAの審査に落ちたあとも、同社は自己資金で開発を続け、世界各国の宇宙機関や民間企業へ、ドリーム・チェイサーの利用や共同開発の売り込みを積極的に続けた。
そんな折、NASAは2014年に、CRS-1に続く第2期の商業補給サービス「CRS-2」を行うことを決定。CRS-1に選ばれた2社はもちろん、シエラ・ネヴァダも何度目かの正直を目指し、無人の補給船型のドリーム・チェイサーを開発する計画をまとめ、NASAに提案した。
そして2016年、CRS-1から続くスペースXとオービタルATKと並んで、シエラ・ネヴァダとドリーム・チェイサーは無事に審査を通り、CRS-2の請負業者として選ばれた。
初打ち上げは2019年以降、ISSへの補給だけでなく単独での飛行も
有人宇宙船だった当初の計画とは異なり、現在のドリーム・チェイサーは、無人補給船にするため、いくつかの改修が加えられている。
たとえば機体の後部には使い捨て型のモジュールが装着され、地球に持ち帰る必要のない物資やゴミなどはここに収められ、再突入前に分離され、処分される。物資の搭載能力は約5500kgで、そのうち地球に持ち帰ることができる本体側の物資が5000kg、使い捨てモジュール側の物資が500kgを占める。
また、翼は空母艦載機のように折りたためるようになり、ロケットの先端の、通常の人工衛星が入る衛星フェアリングの中に搭載された状態で打ち上げられる。打ち上げにはユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の「アトラスV」が使われる予定だが、その後継機となる「ヴァルカン」はもちろん、スペースXのファルコン9、欧州の「アリアン5」や「アリアン6」、そして日本のH-IIBやH3といったロケットにも搭載可能だという。
シエラ・ネヴァダはこれまでにNASAから数億ドルの資金を得ており、今回の滑空飛行試験の成功でも、ひとつのマイルストーンを越えた証として、NASAから数百万ドルが贈られる見通しだという。補給契約の報酬額も、正確には明らかになっていないが、10億ドルほどにもなるという。
もっとも、今後も開発が順調に進むかはわからない。シエラ・ネヴァダは小型衛星や、衛星搭載センサーなどの開発では多くの実績があるものの、ドリーム・チェイサーのような大型の宇宙機・宇宙船の開発や、有人宇宙開発の分野では浅く、とくに技術的に難しい大気圏再突入やISSとのドッキングなどの開発や試験では、これから困難も予想される。
現在のところ、ドリーム・チェイサーの初飛行は2019年以降に予定されている。現在のNASAとの契約では、その後2024年までの間に、少なくとも合計6回の補給ミッションが行われることになっている。初期の打ち上げでは、ケイプ・カナヴェラル空軍ステーションからアトラスVで打ち上げられ、かつてスペースシャトルが着陸していたのと同じ、ケネディ宇宙センターの滑走路に帰ってくることが計画されている。
またISSへの飛行だけでなく、国連は開発途上国の宇宙実験・研究のプラットフォームとして、ドリーム・チェイサーを単独で利用することを検討している。また欧州宇宙機関(ESA)も、2020年代以降に宇宙実験のためドリーム・チェイサーを利用する検討を進めているとされる。
なおシエラ・ネヴァダでは、有人宇宙船としての開発計画も残っているようだが、いまのところ具体的な実現の目処などは立っていない。
参考
・Sierra Nevada Corporation’s Dream Chaser Spacecraft Has Successful Free Flight Test
・Dream Chaser Achieves Successful Free Flight at NASA Armstrong | NASA
・Sierra Nevada’s Dream Chaser performs critical glide test flight - Spaceflight Now
・Dream Chaser Space Vehicle | Sierra Nevada Corporation | SNC
・Sierra Nevada satisfied with Dream Chaser glide test - SpaceNews.com
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info