慶應義塾大学(慶大)は7月18日、天の川銀河の中心核「いて座A*」周辺の分子ガスについて詳細な電波分光観測を行った結果、いて座A*から約20光年離れた位置に異常な速度をもつ小さな分子雲を2つ発見したと発表した。その駆動源は、巨大分子雲に高速突入したブラックホールである可能性が高いという。
同成果は、慶應義塾大学大学院理工学研究科の博士課程 竹川俊也氏、同理工学部物理学科 岡朋治教授らの研究グループににょるもので、7月1日発行の米国科学誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された。
今回、同研究グループは、いて座A*周辺の分子ガスの運動および物理状態を調べる目的で、東アジア天文台のJames Clerk Maxwell Telescopeを用いて、いて座A*から約30光年以内の領域のサブミリ波帯スペクトル線観測を実施していた。その過程で同領域内に、直径約3光年程度と小型かつ秒速40km以上もの極端に広い速度幅を持つ2つの分子雲を発見した。これらの特異分子雲はそれぞれ位置-速度図上で、より大きな分子雲から速度負方向に突き出すような形をしており、中心核周りの既知の分子雲とは明らかに異質な運動を示していた。
詳細な解析の結果、これら特異分子雲はそれぞれが太陽の十数倍の質量を持ち、膨大な運動エネルギーを有することがわかった。これら特異分子雲の起源は、超新星爆発との相互作用や原始星からの双極流では説明がつかないことから、既知の天体現象ではないと考えられる。
研究グループは同分子雲の駆動メカニズムとして、「点状重力源が巨大分子雲へ高速で突入し、重力で引き寄せられた部分が局所的に加速されることで生じる」というシナリオを提示している。この「突入モデル」によれば、太陽の十倍程度以上の質量を持つ天体が秒速約100kmの高速で分子雲に突入するか、太陽と同程度の質量を持つ天体が秒速約1000kmの超高速で分子雲に突入するかのいずれかの場合に、発見されたような特異分子雲が生じるという。
突入天体の候補としては、前者の場合は大質量星かブラックホール、後者の場合は天の川銀河の重力を振り切るほどの超高速度で運動する軽い恒星(超高速度星)が考えられるが、超高速度星はこれまで天の川銀河中心部には発見されておらず、また大質量星やブラックホールの数に比べて極めて少ないことが理論的に予言されていることから、今回発見された小型特異分子雲の駆動源は、重い恒星かブラックホールであると考えることが自然である。
さらに、同分子雲方向にはいずれも大質量星のような強力な放射源の存在は確認されていないことから、今回発見された2つの特異分子雲の駆動源は、中心核巨大ブラックホール周りを飛び交う、伴星を持たない孤立した"野良ブラックホール"である可能性が高いと考えられるという。
同研究グループは今後、今回の研究と同様の手法を用いることで、ブラックホール候補天体の数が飛躍的に増えることが期待されるとしている。