「書く=パーソナル」と考える人が増加

リーマンショックの頃、経費削減で会社から文房具が支給されなくなったことで、逆に文房具のパーソナルユース市場が広がったと言われる。世の中の景気は悪くなったが、文房具市場は低迷しなかった。

手書きの機会が減った中で、文房具にお金を掛けるようになった理由として、斉藤氏は「今までの筆記用具は、会社から支給されていたから、書ければ良かった。だが、会社から支給されなくなり、いざ自分で購入するとなった時に、より使いやすくて、自分の好みのモノを選びたいと考える人が増えたのだと思う。筆記具を自分で選ぶ権利が発生したと考えるユーザーが増加したことだろう」と分析している。

実際、安い物はコストパフォーマンスが良いかというとそうでもない。どうせ使うなら少し良い製品を選びたい、高付加価値の製品が良いと考えるユーザーが増えたのではないか。

同じ文房具でも、他の文房具とは違う需要が存在する。筆記具の場合は、常に持ち歩く物で、手帳やノートに自分の考えを書くという動作が、かなりパーソナルな行為である。そのため、こだわりを持って選びたいと考える傾向が見られるように思う。

同社の万年筆を比較。同じペン先であるカクノとコクーンだが、書き味は違う。また、金ペン先のカスタムシリーズと比べても顕色ない。 (上)カクノ 細字 (中)コクーン 細字 (下)カスタム ヘリテイジ91 細字

まずは万年筆ユーザーを増やしたい

「私たちも、筆記具の会社にいなかったら、使う場面がほとんど無いかもしれない。ボールペンなどが台頭し、万年筆は無くても困らないカテゴリーになってしまった。だけど、明らかに他の筆記具にはない良さがある」と斉藤氏は訴える。

万年筆もバブル期には、売上不調で悩んでいた。手書きの手帳から電子手帳に人気が移り、「手間が掛かる万年筆なんて見向きもされなかった時代」(斉藤氏)だったという。現在、バブル以降に生まれた万年筆を知らない世代が増えている。

「カクノを初めとした低価格帯の万年筆を発売する1番の意味は、万年筆ユーザーを増やすこと。まずは若い世代に使ってもらい、万年筆の衰退を防ぎたい。また、使って良いと思ったユーザーが誰かにプレゼントするといった風に、万年筆の輪が広がってほしい」と斉藤氏は述べる。

カクノなら、「価格が高そうだし、選び方も良く分からない。対面販売は敷居が高いし、使いこなせるか心配」と考えるユーザーでも、1000円という気軽な価格で試せる。

手作りやアナログ感が"熱い"時代

近年、「手作り」や「アナログ」といったキーワードが元気である。ハンドメイド製品の売買が活発化し、アナログレコードの人気も再燃している。90年代に忘れ去られていた物を再評価する動きなのではないか。そういった市場を牽引するのは、20代30代の(若い)世代だ。

ある調査結果でも、万年筆を40代50代が「ステータスがある」「字が上手く書けそう」「アナログ感がある」と懐古的なイメージで答えている中、20代は「かっこいい」「おしゃれ」とファッション感覚で評価している。モレスキンなどの高価なノートに万年筆を挿した場面を、InstagramやTwitterなどのSNSにアップするユーザーも多い。

また、ビジネスマン向けの雑誌などで、ビジネス小物のひとつとして万年筆が取り上げられる場面も多い。腕時計や革靴と同じく、自分を「どんな風に見られたいか」を、どの万年筆を選ぶかで演出できるアイテムになっている。

万年筆人気の秘密は、手間が掛かるけど愛着が湧く「アナログ感」満載なところにあるのではないだろうか。今や筆記具は、自分の考えを綴る「パーソナルな部分」で利用するからこそ、こだわりを持って選ぶ人が増えている。

万年筆人気の要因となった「アナログ」や「パーソナル」といったキーワードが、新たなヒット商品を生むヒントになるかもしれない。