11月6日、ついに琵琶湖の空へテイクオフ

6日の天気予報は3日よりはだいぶ弱い風になっていたが、それでも湖面上の風は5m程度になりそうな予報だった。3日は機体をセレモニー会場で組み立て、セレモニー後に移動する計画だったが、6日は離陸位置となる滑走路の端で機体が組み立てられ、離陸セレモニーもそちらで行われた。少しでも早く離陸しようという配慮だ。

11月6日、再挑戦の準備開始。当初予定ではエボルタ乾電池の搭載式が計画されていたが、風の悪化を避けるためか、早々に取り付け作業が行われた。

組立を完了し、スタートセレモニー。エボルタ君も駆けつけて気勢を上げた。

6時40分、エボルタチャレンジ機はついに離陸した。風はやや強まり始めたものの正面方向、体感で2、3mといったところで、鳥人間コンテストなら「絶好のコンディション」と誰もが思うだろう。自転車のチェーンのような人力飛行機の音とは違う、電気自動車そっくりの「ヒュオーン」という音を響かせた機体は、130kgの重量を感じさせない加速で軽々と離陸。護岸を飛び越えるとあっという間に小さくなっていった。まさに、エボルタのパワーを見せつけるような見事な離陸だった。

いよいよ滑走開始。人力飛行機をはるかに上回る「エボルタパワー」で一気に加速する。

エボルタ乾電池は、脚部の電池が描かれた部分に格納されている。

離陸補助チームを振り切って琵琶湖へ飛び出したエボルタ機。順調そのものの出発と思われた。

突然の暗転、まさかの着水

離陸を見届けたTUMPAのチームメンバーは、片付けを終えるとバスへと移動した。エボルタチャレンジ機は彦根から南西へ飛行、10kmの記録を達成した場合も飛び続け、大津方面へ飛行する計画なので、ギネス認定式などは大津市の「米プラザ」で行われる予定だからだ。順調なら、時速30km以上で飛び続ける乾電池飛行機の方が先に大津へ到着してしまう。取材陣は10km地点通過を生中継で見届けたあと、バスで後を追う予定になっていた。

しかし、バスへ乗り込む途中でTUMPAメンバーの動きが止まった。スマートホンで生中継を見ていた人から「着水したようだ」と声が上がる。まさか?早すぎる。パナソニックのスタッフから「3km台だ」との声が聞こえた。混乱する現場に、パイロットには怪我はなく、大津ではなく彦根に戻るとの連絡が入った。TUMPAメンバーもバスを降り、パイロットを出迎える。

笑顔でバスへの乗り込みを始めたTUMPAチームメンバーだったが、突然の途中着水の報に一転、静まり返る。

着水したエボルタ機。記録達成の瞬間を見るため、10km沖に撮影船が待機していたが、着水ポイントに引き返しての撮影になってしまった。(撮影:角谷杏季)

人力でペダルを漕ぐ鳥人間コンテストと違い、エボルタチャレンジではパイロットの体力消費はあまりない。しかし、ボートで到着したパイロットの鷹栖さんは、ぐったりとうなだれた。ウェットスーツを着ていたとはいえ、11月の冷たい湖水に浸かった寒さもあるだろう。何より、自ら設計し、操縦桿を握った機体が目標を達成できなかった衝撃もあるだろう。囲んだTUMPAメンバーも無言のまま、事実を受け止めていた。

ボートで離陸会場に戻ったパイロットの鷹栖さん。出迎えたチームメンバーは掛ける言葉もなく、沈黙が続いた。

記録は3,531m、ギネスブック登録ならず

本来は大津で行われる予定だったセレモニーは中止となり、彦根の離陸場での記者会見となった。GPSで計測された飛行距離は3,531mで目標の10kmに達しなかったが、ギネスブック公式認定員の小池真理子さんは「素晴らしいチャレンジを見せて頂いた」と声を詰まらせながら、健闘をたたえた。またTUMPA代表の東海林聡史さん、パナソニック担当者も挨拶に立ち、集まった報道陣と一般見学者への感謝、そして「機会が与えられるなら、もう一度チャレンジしたい」と述べた。2016年度のエボルタチャレンジとしてはこれで終了するものの、機体は予備機としてもう1機製作しているとのことで、もしかすると「エボルタチャレンジ2017」として来年、再チャレンジすることになるかもしれない。

ギネス登録不成立を報道陣に報告。しかし、挨拶に立った全員が再チャレンへの希望を語った。

エボルタのパワーは充分、しかしチャレンジは終わらない。

さて、失敗の原因は何だったのだろう。着水の瞬間の映像が公開されていない(生中継では写っていなかった)こともあり、現時点では断定は難しい。ただ着水直前に、主翼両端が下向きに変形するダイバージェンスという現象が起きていたように見える画像もある。ダイバージェンスは鳥人間コンテストでも時折見られる現象で、ほとんどは設計速度より高速で飛んでしまった場合に起きる。主翼をねじろうとする力が強くなりすぎ、変形したり破損したりして起きる現象だ。

鷹栖さんの話によれば、エボルタチャレンジ機は設計速度の秒速10mを超える秒速12m程度まで飛行試験で経験しており、問題なかったとのことだ。だとすれば、それ以上の速度で飛行してしまった可能性がある。例えば、無風状態で飛行機が秒速10mの速度で飛行しているとき、突然3mの向かい風が吹き始めると、飛行機は秒速13mの向かい風を受ける。当日の天気予報で、琵琶湖の湖面上は5m以上の風が予測されており、風は一定の強さで吹くわけではないのでこういった突風を受けた可能性もあるということだ。

秒速10mで飛行する飛行機にとって、数mの風でも強い風だという理由はここにある。11月上旬の琵琶湖がチャレンジに適切だったか、も含めて再検討が必要だろう。また、ダイバージェンスを起こさない「強い翼」にすることも必要かもしれない。

パナソニックのエボルタチャレンジは、今回で9回目だが、初めて目標を達成できずに終了することとなった。しかし、筆者は考える。チャレンジは失敗することもあるから、チャレンジなのだ。しかも今回は「エボルタ」のパワーを使い果たして着水したのではなく、また予備の2号機も存在する。「エボルタチャレンジ2016」は終わったが、「エボルタ世界最長距離有人飛行チャレンジ」は、これからだ。


(追記)本記事執筆後パナソニックより、後日の精密検査でパイロットの鷹栖啓将さんが胸骨を骨折していたことが判明したと発表された。 パナソニックは「エボルタチャレンジ2016」の広告活動を自粛することも検討したが、鷹栖さん本人や家族、TUMPAメンバーの「自分たちの挑戦を、もっと多くの方々に知って欲しい」との意向を受けて、広告を継続するとのことだ。