ドイツのアーヘン工科大学内にヨーロピアン4.0トランスフォーメーションセンター (European 4.0 Transformation Center=E4TC)という施設がある。同施設は産学連携で製造業にイノベーションを起こすことを目的とし、政府からの援助のほか、PTCなど民間企業から資金および技術の提供を受けて運営されている。今回、PTCの協力のもとE4TCを取材する機会を得たので、そこで行われている意欲的な取り組みについて紹介する。
製造業における「デジタル化」をショーケース
アーヘン工科大学では生体医学、エネルギー、生産技術などの研究領域(クラスタ)において産学連携の取り組みを推進している。プロジェクトは6クラスタからスタートし、今後16クラスタまで増える予定。総投資額は約20億ユーロを見込む。各クラスタはその領域を細分化したセンターで構成されており、E4TCは6クラスタのうちの1つであるスマートロジスティクスクラスタに属するセンターの1つという位置づけだ。設備としてはPTCなど協力企業が入居するオフィス、ワークショップなどを開催するアトリウム、そしてデモンストレーション工場がある。建物の総面積は約1万4000m2に上る。
同施設では、システムエンジニアリングやIT技術を活用した「製造業のデジタル化」に向けて取り組んでおり、PTCはE4TCに4名の社員を専任でアサインして各種ソリューションおよびサポートを提供している。デモンストレーション工場には、レーザーカッターやベンディングマシンなどがある加工エリアやアセンブリラインが設けられているほか、RFIDを用いた部品のトラッキングや、PTCのソリューションである「Kepware」を用いた消費電力モニタリングなど、スマートファクトリー向けの施策も実施している。
このデモ工場はアーヘン工科大発の電気自動車ベンチャー、e.GO Mobile(e.GO)の試作工場となっており、E4TC全体がe.GOをモデルケースに、得られた知見やノウハウを外部に披露するためのショーケース的な役割も担う。PTCから見ればE4TCは同社が掲げる「フィジカルとデジタルの融合」の実証施設として捉えることができるだろう。
産学連携で実現するイノベーションサイクル
なぜアーヘン工科大学は産学連携でこのような大規模プロジェクトを推進し、E4TCを作ったのか。そこにはIoTが産業界にもたらしている変化がある。
IoTがビジネスにおける最重要ワードの1つとして注目を集める一方で、さまざまな業界・産業においてIoTを活用したビジネスモデル変革により、市場における優位性を獲得するための模索が続けられている。製造業においてはGEやコンチネンタルタイヤなどがその成功例として知られる一方、多くの企業は新しいビジネスモデルと既存ビジネスの両立、新しい知識やノウハウの獲得、市場のスピードといった課題に直面している。
E4TCの運営に関わるFIR (Research Institute for Rationalisation)のGerhard Gudergan氏は、こうしたハードルは中小企業の場合より高くなると指摘する。「例えば、ボタンを服に取り付けるための機械がネットワークにつながれば、(材料となる)ボタンの自動発注が可能になる。もっと進めば、インテリジェントなボタンが実現するかもしれない。しかし、従来型の製造業がデジタルの領域に進出するのは非常にチャレンジングだ。ドイツでは70%が従来型の中小企業。GEの事例は素晴らしいが、誰もがGEになれるわけではない」(Gudergan氏)。
このためE4TCではPTCなどのIT企業と手を組むことで、「製造業のデジタル化」のベストプラクティスを開発するとともに、ワークショップを開催したりトレーニングを提供して従来型のビジネスを展開する中小企業がデジタル化に踏み出せるように手助けをしている。
このようなイノベーションサイクルが形成されているメリットは大きい。構想段階から「デジタル化」したプロジェクトを進めることで、その過程で得られる知見やノウハウを、PTCなど企業が自社の製品に反映できる。アップグレードされた新しい機能は、E4TCという実環境でテストできるというわけだ。大学側からすれば、テクノロジー企業のバックアップを受けながら研究開発を進められるし、そこで得られた成果はe.GOのように製品として結実するだけでなく、実践的なノウハウとして中小企業に提供することが可能となる。
こうした取り組みはベンチマークが難しいものの、現地のPTC社員は「利益を追求しているわけではない。イノベーションを起こすために必要なことだと認識している」と話す。現在、英国やフランスのPTCスタッフとも、さらなる産学連携に向けたディスカッションを行っているとのことだ。