「働き方改革」は、今年の8月に発足した第3次安倍内閣が進める構造改革の目玉の1つである。その実行計画で扱うテーマとして「テレワーク(在宅勤務)」が挙げられている。
前編では、テレワーク(在宅勤務)制度の利用者は横ばいの傾向であるものの、一部の外資系企業だけの制度ではなくなりつつあることを確認した。後編となる本稿では、安倍改造内閣で再び注目が集まる在宅勤務制度が求められる背景とメリット・デメリットを整理し、日本企業が制度改革のために解決すべき課題を考えてみたい。
在宅勤務制度が求められる背景
都市圏の住民の往復通勤時間は長い。働き方を巡る議論では、通勤で浮いた時間を仕事に費やしてほしい企業と、家庭生活の充実に費やしたい個人の対立軸で語られることがある。
しかし、働き方改革が必要とされる根本的な原因は、現在の労働環境が社会構造の変化に適応できていないことにある。個人の持つ時間は有限であり、育児や介護などの人生の節目に対応できるよう、多様な働き方の選択肢を用意することは、経済成長のための社会的要請である。
6月初旬の報道で、トヨタ自動車が在宅勤務制度を拡充し、8月の新制度導入に向けた準備を進めていることが明らかになった。同社の場合、既に子育て中の男女という一部社員に限定し、制度を運用してきたが、これを総合職の約半分にまで利用資格を拡大するという。
時短勤務で業務量を抑制する必要がある場合の在宅勤務と、営業職、専門職、企画職のようなホワイトカラーの在宅勤務は性格が違う。ホワイトカラーへの制度適用は、福利厚生の充実が目的ではない。今回の発表は、日本を代表する大企業が、個人の事情に配慮した非定常的な在宅勤務ではなく、みなし労働時間管理を適用するホワイトカラーに定常的な在宅勤務を認めるという意味で、社会的に大きな影響力があると思われる。同社の取り組みは、後続の導入を牽引する事例になるだろう。
在宅勤務制度への期待効果
在宅勤務先進国の米国では、テレワーク制度をどのように定着させてきたのか。テレワークを推進する公益法人であるThe Telework Coalition(TelCoa)は、次世代型ワークスタイルのあるべき姿を独自の公式を用いて「IT+P3(Policies, Processes, Procedures)= E3(Economic, Energy, Environmental)」と表現している。
この公式は、在宅勤務を含むテレワーク制度導入を成功させるには、ITだけでは不十分であり、人事評価・労務管理の方針、ビジネスプロセス、手続き面の見直しも必要ということを示す。また、テレワークがもたらす効果として、経済的効果をはじめ、エネルギーや環境への良い影響も期待できることも示す。
この公式を踏まえ、テレワークの期待効果を従業員、企業、社会の主体別に整理したところ次のようになった。
- 従業員視点から見た効果:業務生産性の向上、通勤負担の軽減による肉体的・精神的疲労の減少、ワークライフバランスの向上
- 企業視点から見た効果:優秀な人材の離職防止および地方での雇用機会創出、オフィス賃貸費・エネルギーコスト低減、事業継続リスクの分散
- 社会視点から見た効果:労働力人口減少の緩和、エネルギー消費量の分散、交通混雑緩和による地球環境負荷(CO2)の低減
在宅勤務制度を導入・運用する上での課題
テレワークという新しいワークスタイルへの変革効果は大きく、従業員、企業、社会にとって「三方よし」である。にもかかわらず、普及が停滞しているのは、導入に向けて解決すべき課題が難しいためだ。そこで、制度導入にあたって何が障壁となるかをITとP(労務管理)の2つの側面から見てみたい。
ITセキュリティにおける課題
ITに関しては情報漏洩を懸念する声が大きい。テレワークでは、ネットワークを介し、外から企業情報システムにアクセスしなくてはならない。2005年の個人情報保護法の施行後、一部の企業はこれまで許可していたノートPCの持ち出しに制限を設けるようになり、テレワークに逆風が吹いた。
対策として推奨されたのは、VPN(Virtual Private Network)システムの利用、シンクライアントシステムの利用、認証用USBを利用した仮想シンクライアント環境の構築である。そして、昨今増えてきたクラウド型アプリケーションならば、データを端末側で持たずに済む。大きなIT投資をしなくても、安全で最適なテレワーク環境を整備することが可能になってきた点は、テレワーク普及の材料になるだろう。
職務内容の明確化と労働時間管理に関する課題
厳密な労働時間管理が求められる環境とテレワークの相性は悪い。外回り中心の営業職は、業務監督者の目が行き届かず、労働時間の正確な計算が難しい。また、専門職・企画職のように、労働時間と成果が必ずしも比例しない職種については、実労働時間に基づく給与計算が適切ではないこともある。
このようなケースに対応するための制度がみなし労働時間制である。この制度を採用するには職務内容を明確にし、この業務にはこのぐらいの時間がかかるという点を明確にしなければならない。
厚生労働省が実施した就労条件総合調査の2015年版の結果を見ると、みなし労働時間制を採用している企業割合は 13.0%と低い水準である。内訳を種類別(複数回答あり)に見ると、営業職向けの「事業場外みなし労働時間制」が11.3%、専門職向けの「専門業務型裁量労働制」が2.3%、企画職向けの「企画業務型裁量労働制」が0.6%であり、テレワーク導入の前提となるホワイトカラーの職務内容の明確化に苦心する企業が多い点がテレワーク普及を阻害していることが伺える。
こうした課題を踏まえると、政府が掲げる働き方改革の目標は非常に野心的なものに思える。しかし、グローバルでの企業競争が激化する中、改革は待ったなしである。関連部門がバラバラに課題解決に取り組むのではなく、相互協力体制を築いて課題解決に取り組まなくてはならない。