東京大学(東大)と分子科学研究所(分子研)は3月1日、細胞内輸送に関わる分子モーター「キネシン」が二足歩行運動する際の片足の動きを、従来よりも100倍以上高い時間分解能で一分子観察することに成功したと発表した。

同成果は、東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻の大学院生(研究当時) 磯島広氏、分子科学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター 飯野亮太 教授、東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻・量子相エレクトロニクス研究センター 新谷大和 特任助教、東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻 野地博行 教授、 東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 富重道雄 准教授らの研究グループによるもので、2月29日付けの英科学誌「Nature Chemical Biology」に掲載された。

キネシンは二つの足を交互に動かして、歩くようにして運動する分子モーターと呼ばれるタンパク質で、これまでに一分子計測法によってキネシンがステップ状に運動することが示されてきた。しかし、従来の手法では時間分解能が低いため、ステップの途中の動きを直接観察することは困難だった。

今回、同研究グループは直径40nmの金ナノ粒子を観察用の目印としてキネシンの片足に結合させ、その動きを全反射照明型の暗視野顕微鏡を用いて観察し、従来より100倍以上高い55μ秒という時間分解能と1nmの位置決定精度で、片足の動きを可視化することに成功した。

観察の結果、キネシンの片足がレールである微小管から離れた後、浮いた足はブラウン運動で激しく揺らいでいることが示されたが、予想外なことに、揺らぎは前後左右に等方的ではなく進行方向に対し右側に偏っていたという。この右側への偏りは、キネシンの両足を繋ぐ「脚」(リンカー)が足の右側から生えているため、そこから伸びたリンカーは自由に揺らぐのではなく、足にぶつかって右に押し出されるということを示している。

また、この片足を浮かせた状態は2つのステップからなり、微小管に結合した足へエネルギー源であるATPが結合するのを待つステップと、ATPが結合した後その足の形が変化して浮いた足が前に着地するステップからなることがわかった。さらに、両足を繋ぐリンカーを人工的に長くすると、ATPが結合するまで片足を浮かせた状態を維持することができなくなり、後ろ足が浮いた後すぐに後ろや前に着地するようになった。また後ろに戻るだけでなく左右にも頻繁に移動し、酔っ払いの千鳥足のような無駄な動きをするようになったという。この結果は、リンカーが最適な長さであることが、エネルギーを無駄に消費することなく効率的に二足歩行するために重要であるということを示している。

今回の観察手法について同研究グループは、今後さまざまな分子モータータンパク質に応用されることで、多様な生体分子機械の動作機構の解明に役立つと説明している。

暗視野顕微鏡を用いて55μ秒の時間分解能で観察した金ナノ粒子の動き。微小管への結合と解離を繰り返しながらまっすぐ一方向に運動していることがわかる。また、金ナノ粒子をつけた方の足がレールである微小管から離れる(非結合)と、金ナノ粒子のゆらぎが大きくなる