世界の経済状況は?

では、世界全体の経済状況はどうなっているのだろうか? 竹中氏は次のように解説した。

慶應義塾大学 総合政策学部教授/グローバルセキュリティ研究所所長 竹中平蔵氏

「毎年1月末にスイスで開催されるダボス会議では、今年、非常に楽観的な雰囲気が支配していた。会議では、今年の成長率は去年よりも高まり、特にアメリカ経済が安定し、世界を引っ張っていくと予測された。しかし、これは基本シナリオであって、リスク要因についても挙げられた。それは、中東問題、新興国(特に中国)経済の減速、アメリカ金融政策の正常化である。まず、シリアからの難民問題やパリでのテロ、ベルギーの駅封鎖、ワシントン攻撃の懸念など、1つめの中東のリスク要因は顕在化している。また、中国株も6月12日をピークに株価が4割下がった。現在中国は世界で2番目に大きな輸入大国であり、その中で日本は2番目に輸入をしてもらっている状況。つまり、中国の経済状況によって、日本は大きく影響を受けることになる」(竹中氏)

竹中氏は続けて中国経済について次のように言及した。

「どうして世界の歴史の中で、イギリスが最初に産業革命が起きたのか? それは、Rule of the law(ルール・オブ・ザ・ロー)、すなわち法の支配を最初に確立したから。法の支配とは、自分ががんばって稼いだお金は自分で自由にできるということ、すなわち自分の権利が守られているということ。この法の支配があるから、安心して経済活動に取り組める。中国の最大の課題は法の支配が確立していないことだ。中国は、今回の株価の低下は乗り越えるだろうが、今後5~10年のタームでみると、必ず成長率を落としてくるだろう」(竹中氏)

竹中氏は「これからはどの国の経済もイノベーションを起こさないとやっていけない時代。イノベーションが起こせるかどうかで変わってくる」と話す。「イノベーションは自由が保証され、権利が確立されている社会で生まれる」と、竹中氏は経済学者のシュンペーターの言葉を引用した。

「世界はいま、ものすごく動いている。その中でしっかりと稼いでいかないといけないが、私たち日本人は日本のことを誤解している面がある。その誤解を指摘しておきたい」(竹中氏)

日本の未来は?

竹中氏は、日本に関する4つの誤解について、次のように指摘した。

  • 「日本は経済的に豊かな国」という誤解
    「日本における一人あたりのGDPは世界で20番目くらい。これは先進諸国30カ国の中だとBクラス。ルクセンブルクやノルウェーなどと比べるとGDPは半分以下である。これは、決して豊かだとは言えない」(竹中氏)

  • 「日本は大量の借金をしている」という誤解
    「日本は大量の借金は背負っていない。ギリシャは外国に借金をしているが、日本は政府が国民に借金をしている。例えるならば、旦那さんが奥さんに借金をしているような状況」(竹中氏)

  • 「日本人はよく働く」という誤解
    「日本の製造業の労働時間は、アメリカと同じくらい。韓国と比べると3割くらい低い。統計に表れないサービス残業もあるだろうが、思い込んでいるほど世界の中で働いているわけではない」(竹中氏)

  • 「日本人はもっと消費をすべき」という誤解
    「日本人はもっと消費をすべきだというのはうそ。昨年、家計の貯蓄率はマイナスとなっており、これは予想通り低くなったと言える。人口が高齢化すると、貯蓄率は低くなる。消費が進まないのは財布が小さいから。つまり、稼げなくなってきているからということ」(竹中氏)

では、どうすれば稼ぐ力をつけられるのだろうか?

「稼ぐ力をつけるには、マーケットで競争力を持たなければいけない。その方法はただ一つ、競争すること。競争しないと競争力はつかない。アベノミクスの支柱とされているTPPによって、たくさんの競争力のあるものが輸出入できるようになる。そして、この競争を高めるために必要なことが規制緩和だ」

TPP以外にも、日本では徐々に変化が起きている。

「これまで日本の農業は、企業が参入できないことから輸出もできず、IT投資も遅れているといった状況だった。これは医療の分野でも言える。日本では過去36年間、新しい医学部は一つもつくられていない。それが36年ぶりに成田空港の近くにできることになった。また、インフラの運営権を民間に売る動きもある。東日本大震災で津波の被害にあった仙台空港は、地域開発の拠点として、東急建設と前田建設に運営が任されることになった。関西空港も、オリックスとフランスのヴァンシが第一交渉権者として確定している。これは、世界でも注目されているコンセッションだ」(竹中氏)

最後に、竹中氏は次のように語って、講演を締めくくった。

「日本に来る外国人観光客は昨年1300万人だったのに対し、今年は1900万人を超えると言われている。さまざまなチャンスの最後の決め手が2020年のオリンピック・パラリンピックだ。今アジアには中間所得層が5億人いて、2020年には17.5億人になると予測されている。新幹線ができたのは、当時のオリンピックが発展途上国型のオリンピックだったからであるが、今回は違うだろう。一体何が生み出されてくるのか、それは政治家にもジャーナリストにも学者にもわからない。それを経済の中で皆さんが手探りで探していくことが重要なのではないだろうか。過去と他人は変えられないけれど、未来と自分は変えられる。それを肝に銘じて、皆さん自身の人生を考えてもらいたい」(竹中氏)