既報のように、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月21日、強化型イプシロンロケットの第2段モーターとなる「M-35」の地上燃焼試験を実施した。第2段の設計変更は、強化型開発における最重要項目。実験は成功とのことで、森田泰弘・イプシロンロケットプロジェクトマネージャは、「これで強化型開発に弾みが付いた」と笑顔を見せた。

JAXAの森田泰弘・イプシロンロケットプロジェクトマネージャ

強化型では第2段を一新!

強化型イプシロンでは、より大型の衛星に対応できるよう、「打ち上げ能力の向上」「衛星搭載スペースの拡大」という、2つの課題が与えられた。この2つを両立する方法として考えられたのが、第2段の大型化だ。

強化型イプシロンロケットの概要。第2段が大きく変わる

2013年9月に打ち上げられた試験機(イプシロンロケット1号機)の第2段モーター「M-34c」は、M-Vロケットの第3段モーター「M-34」をベースに改良したもので、直径は2.2m、推進剤の量は約10.7tだった。これに対し、強化型イプシロンで新開発したM-35では、直径は2.6mになり、推進剤は約15.0tと、4割ほど増量している。

これにより、ロケットの打ち上げ能力(太陽同期軌道)は、試験機の450kgから、590kgへと3割もアップする。また試験機の第2段はフェアリング内に格納されていたが、大型化によりフェアリング外に出たため、その分、衛星を搭載するスペース(包絡域)が広くなる形。第2段の上にフェアリングが乗るようになるため、全長は試験機から1.6mほど長くなる。

イプシロンのコンセプトは「小型」「高性能」「低コスト」であり、M-35の開発においても、このコンセプトに基づいた様々な変更が加えられた。

たとえば複合材製のモーターケース。従来、JAXAでは金属製部品の安全係数は1.25であったが、製造のバラツキが大きい複合材の場合は、より大きな1.5が推奨されていた。このバラツキを無くし、安全係数を金属同様の数値にしようというのが、M-35の1つのチャレンジ。安全係数を下げられれば、軽量化に繋がり、それはイコール高性能化でもある。

推進剤も変更された。ポリブタジエン系コンポジットであることは変わらないものの、より安価な材料で新開発、低コスト化を図った。モーターケースと固体推進剤の間には断熱材があるのだが、従来は断熱・気密・水密の3層構造であったのに対し、M-35では単層化、軽量化と低コスト化を実現した。

またM-34cのノズルはM-V時代の伸展ノズルがそのまま使われていたが、M-35では廃止。固定ノズルに変えることで、比推力(燃費に相当)は若干落ちるものの(300秒→295秒)、軽量化により損失分を相殺、低コストのメリットだけが残るというわけだ。

試験機のときはフルスケールの地上燃焼試験は省略し、開発コストを抑えた。だが改良レベルではなく新規開発となったM-35では、フルスケールで実際に燃焼させてみて、性能を確認する必要がある。それが今回の試験の目的である。可能であれば2回実施して、バラツキ具合も見たいところだが、強化型開発で予定しているのはこの1回のみとのこと。

今回の燃焼試験の計画。実際の飛行環境に合わせ、内部を真空にしてから燃焼させる

燃焼試験用のモーターはフライト品とほぼ同じだが、ノズルが短くカットされている

ちなみに、JAXAの能代ロケット実験場において、今回のような大規模な燃焼試験が行われたのは、2008年以来、7年ぶりだという。このときは、打ち上げずに残っていたM-Vロケットの第2段モーターを使って、イプシロン開発のためのデータを取得していた。

今回の燃焼試験の様子

出口部分のズーム

広角カメラの映像

イプシロンの最新ロードマップ

強化型イプシロンの開発は2014年度に開始し、2015年度中に完了させる計画。今回の燃焼試験は「強化型開発の成否を握っている大切な実験」(森田プロマネ)であったが、無事成功したことで完了の目処が付き、2016年度にはいよいよ、初飛行に向け、フライトモデルの製造に取りかかることになる。

強化型で開発した項目。第2段に関連した部分が新規開発になっている

強化型の開発スケジュール。わずか2年で開発を完了させる計画だ

強化型イプシロンも試験機と同様に、固体モーター3段の「基本形態」と、第4段として液体エンジン「PBS」を追加した「オプション形態」がある。強化型の初打ち上げとなるイプシロン2号機(ジオスペース探査衛星「ERG」を搭載)は基本形態、続く3号機(小型レーダー衛星「ASNARO-2」を搭載)はオプション形態となる予定だ。

イプシロン試験機の打ち上げコストは53億円だった。定常段階での目標コストであった38億円より高くなっていたのは、試験用の追加装置などがあったためだが、2号機は強化型基本形態の初号機、3号機は強化型オプション形態の初号機となるため、コストは試験機と同等とのこと。コストが下がるのは、4号機以降になる見通しだ。

ところでイプシロンのロードマップについて、森田プロマネに確認したところ、現時点では、試験機(EX)のあとに強化型イプシロンを開発し、その後、シナジーイプシロン、そしてより低コストな将来型(E1)へと繋げていく考えだという。

もともと、試験機ではERGを打ち上げる能力が足らなかったので、2012年度より「2号機対応開発」が行われていた。そしてASNARO-2では、打ち上げ能力も衛星搭載スペースも足らなかったため、2014年度より「高度化開発」に着手した。ところがERGの打ち上げが当初より遅くなったため、この2つは一体化。これが「強化型」である。

しばらくは強化型での運用が続くとみられるが、2020年に次期基幹ロケット「H3」が登場し、現行のH-IIAロケットが廃止となれば、イプシロンの第1段として共用している固体ロケットブースタ(SRB-A)が使えなくなってしまう。この移行時にも継続して運用できるよう、検討されているのがシナジーイプシロンである。

シナジーイプシロンでは、H3の固体ロケットブースタ(SRB-3)やアビオニクスを最大限活用する。森田プロマネによれば、「イプシロンチームからH3チームに要望を出すというよりも、両者が一体になって新しいロケットを検討している」とのこと。強化型で開発した新技術も、SRB-3へと反映される見込みだ。

強化型イプシロンの初打ち上げは2016年度の予定。森田プロマネは「これで、本格的な小型衛星の需要にも、今後どんどん対応できるようになる」と自信を見せ、「小型衛星の世界が拡大しようとしている。強化型イプシロンでそういう世界をリードして行きたい」と意気込みを述べた。