任天堂のWii Uソフト「Splatoon(スプラトゥーン)」。発売から1カ月ほどで世界累計販売本数が100万本を突破するなど、非常に勢いのあるスタートを切った同社の新規タイトルは、「マリオ」「ゼルダ」などの歴史あるゲームタイトルと比べると「やんちゃ」に映るキャラクターデザインや、インクの鮮やかな色選びなど、ビジュアル面にも目を惹くものがある。

また、筆者自身、このゲームを始めたある知人のデザイナーから、「Wii U本体と一緒に買ってでもやるべきだ」と猛烈なプッシュを受けた。買う前に評判を調べたところ、このゲームに熱中し、日々インクにまみれた生活をしているクリエイターは結構いる、ということが分かった(そしてミイラ取りがミイラになる格好で、筆者も現在進行形でプレイしている)。

そこで今回、スプラトゥーンをプレイしているデザイナーやイラストレーター、サウンドクリエイターなどの協力を受け、彼らが同作に向ける「クリエイターの視点」をヒントに、同作の"イカ"したデザインを裏打ちする設定や開発エピソードについて、任天堂 情報開発本部 制作部の野上恒氏(プロデューサー)、井上精太氏(アートディレクター)の両名からお話を伺った。

「スプラトゥーン」パッケージ

任天堂 情報開発本部 制作部 プロデューサー・野上恒氏(右)、アートディレクター・井上精太氏(左)

※本稿では、スプラトゥーンをプレイしているデザイナーやイラストレーター、サウンドクリエイターなどの協力を受け、彼らが同作に向ける「クリエイターの視点」をヒントに、同じくプレイ中の筆者が質問を構成。適宜クリエイターからのコメントを引用しながらお届けする。

――プレイヤーの操るキャラクター「インクリング」について、ゲーム開始直後に「ボーイ」と「ガール」から選ぶことになります。アメコミ風でありながらかわいい要素も含まれたデザインになっていて、その容姿に愛着を持たれているクリエイターの声もありましたが、プレイヤーキャラがこの容姿に決定した理由を教えてください。

■デザイナー・27歳・男性
■お気に入りのブキ:カーボンローラー
かわいさを全面に押し出したキャラクターはアピールが強すぎて引いてしまう方なのだが、スプラトゥーンのキャラクターには媚びないかわいさがあって、愛着が持てる。アメコミテイストは日本では受けない傾向が強いが、それをうまくアジャストできている。特に、インクリングの目の周りが黒いのはかなりデザイン的に挑戦していると思う。

インクリング:スプラトゥーンのプレイヤーキャラ。略して「イカ」。「ヒト」の姿と「イカ」の姿を自在に使い分ける生き物で、ヒトの形になれるのはおよそ14~15歳ごろ。そのため、プレイヤーが操る「イカ」はそれくらいの年代の若者ということになる。左が「ボーイ」、右が「ガール」

井上 : インクリングの「ヒト」の時の容姿は、スケートボーダーのファッションや思想、ポーズ、表情などを参考にしています。しかし、キャラクターの容姿を単体で設定したのではなく、まずこのゲームの主題である"インクを塗る遊び"の舞台として、一番生きるシーンが「街中」であることが根幹にあります。

ファンタジーな世界、言うなればマリオシリーズのような世界も試作したのですが、「不思議なところに不思議な物体(インク)が撃たれる」よりも、アスファルトなど、私たちの身の回りにあるものに対してインクを撃つほうが、ゲームの手応えとして良かったんです。そうした場所で遊ぶヒトを考えた時に自然に思い浮かぶものとして、スケートボーダーが連想されたという流れですね。

「ナワバリバトル」はスプラトゥーンの基本プレイスタイルとなる4人対4人のインターネット対戦モード。街中や郊外に見られる施設を模したステージ上にインクを塗り合い、塗った面積の多いチームが勝利となる

――「インクリング」の「ボーイ」と「ガール」は。どちらも「男性らしさ」「女性らしさ」が極端に強くはない、中性的な印象のあるデザインですが、あえて「らしさ」を抑えた容姿にされたのでしょうか?

クリエイター集団 NC帝國・デザイナー・Nasos
■お気に入りのブキ:ジェットスイーパー
ガールの絶妙に中性的なデザインが大好きです。

井上 : スケートボードやパンクロックを愛好する女性って、勝ち気な感じというか、ボーイッシュな感じの方が多いので、そういった雰囲気を参考にしています。

そもそも、最初はプレイヤーキャラはガールだけで行こうと考えていましたので、デザインはガールが先に完成していたんです。

野上 : ですが、やはり感情移入しようと思うと、プレイヤー自身の性別と同じものを選びたいという方もいらっしゃるのではないかというところから、ボーイのデザインを制作しました。

井上 : (ガールは)イカの触腕が髪型にしっくりきているので、そのあたりを見ていただけると嬉しいですね。

※触腕…イカの触手のうち、他と比べて長く伸びている2本の腕のこと。

イカの触腕がヘアスタイルに融合したデザインの「ガール」

――たくさんパターンを出して、このデザインに落ち着いたのでしょうか?

井上 : いえ、あまり数は出していないですね。ひとつの案を詰めていったという印象です。

――前髪が眉上で短めなのがとてもかわいいですよね。

井上 : ああ、前髪はイカの切り身なんですよ。

――そうなんですか!?

野上 : すいていない厚めの前髪のようですが、真ん中のあたりにちょっと切れ込みが入っている、イカのお刺身のイメージなんです。何せ、彼らはイカなので。よく見ると厚みがちゃんとあります。

――これ(前髪)、イカの切り身だったんですね…。

野上 : はい、そうなんです。Twitterで公開されていたあるファンアートの漫画を拝見していた中で、ガールが「前髪伸びてきたな~」と言ってまな板に置いて、包丁でストンと切っているという作品を描いていた方がいらっしゃったのですが、まさにそんなイメージです。

井上 : よく見ると、(インクリングの)手の指もイカソーメンのかたちになっているんです。amiiboを見ていただくと分かりやすいかと思うんですけれど、断面を四角いかたちにしていまして。

野上 : 触手の先に切れ目を入れていって、手になったというような感じです。イラストも、指先は意識して四角く描いていますね。

――ポップな画風なので、デフォルメの一環だと思っていました。

野上 : わざと四角くしているんです、イカソーメンなので。

――では、耳のかたちは…。

野上・井上 : エンペラですね。

※エンペラ…イカの耳の部分

――なるほど、そのほかにヒト形態のときのイカらしさはどこかに現れているのでしょうか。

野上 : 足が10本、ありますね

井上 : インクリングは、ボーイもガールも髪の毛が2束(2本)、そして手足が4本、さらに襟足が4本に分かれていて、それらを合計すると、実際のイカの足の数と同じ10本になるんです。

野上 : イカ形態のときの足と、ヒト形態のときの襟足のデザインはあわせてあって、そこが共通しているということになっています。このことはゲームの発売前、昨年末に『スプラトゥーン』公式Twitterでお伝えしました。


井上 : そのほかのポイントですと、目にはほぼハイライトを入れていません。イカの目は、ほ乳類の目とはちょっと違う見た目をしているので。

――また、同作でプレイヤーが選べるのは、イカの「性別」のほか、「瞳の色」、「肌の色」とかなり限定された要素です。Wii Uでは自分の似顔絵のような感覚でMiiを作ることも可能で、他のゲームでもキャラクターの容姿をカスタマイズ可能なものもある中、姿かたちを固定した理由は?

野上 : その部分については議論があったんですけどね。ですが、新しいタイトルなので、アイコンとしての認知を広げるために、キャラクターの容姿は2パターンに限定しようと決めました。あまりたくさんかたちを作ると、イメージがぶれてアイコンとしての機能が下がってしまうので。

そのかわり、自分の分身として思い入れを持っていただくために、性別や肌の色などを選べるようにしました。

――肌や目の色がカスタム可能になっているのは、発売当初から世界展開することへ向けたものだったのでしょうか。

野上 : そうですね。日本の方だけでなく、さまざまな国の方に遊んでいただけるように制作しました。

――また、同作のイカは海洋生物のイカと異なり、ステージ中にある水に触れると溺れてしまう設定で、かなり生態が異なるようです。イカ(インクリング)の基本設定について、教えてください。

インクリングが「イカ」モードになると現実のイカにかなり近いフォルムになるが、水に触れると溶けておぼれてしまう

野上 : 正直なところ、「インクリングが水に入るとおぼれる」のは、ゲームルールから来ているんですね。「決められたコースから落下するとアウトになる」というルールを定めるために、何らかの理由づけが必要だったのですが、「おぼれる」ということが、表現としてよかったんです。

井上 : 本当はマグマなどのほうが(アウトになるエリアとして)分かりやすいんですけれど、街中にあると不自然なので…。街中にあるものとして水が扱いやすいということになって、そこから逆に設定が固まっていきました。

野上 : 機能的なところから決まった事ですね。イカなんですけれど、体は液体に近いもので出来ているので、水の中にはいると溶けてなくなっちゃう、という(笑)

――なるほど、インクだけに水に溶けてしまうと。

野上 : そうです、インクだけに。皮膚が弱いので水につかると浸透圧でじゅっと出て行ってしまうのでしょう。