東北大学金属材料研究所の高木成幸助教と同大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の折茂慎一教授らの研究グループは、水素と結合しにくいと考えられてきたクロムに7つの水素が結合した水素化物の合成に成功したと発表した。今回の研究成果は、日本原子力研究開発機構、高エネルギー加速器研究機構、豊田中央研究所との共同研究によるもの。
金属元素の中には、単独では水素と結合しにくい元素群(=ハイドライド・ギャップ)が存在する。一方、これらの元素は錯体水素化物を形成することで多くの水素と結合することができる。唯一の例外がめっきやステンレス鋼などに用いられるクロムであり、単独でも、また錯体水素化物においても、いずれも水素とは結合しないと考えられてきた。
今回研究グループは、水素が特定の対称性をもってクロムの周りに配置するとき、一般的な金属元素よりも多くの水素が結合した錯体水素化物が形成されることを理論的に予測した。
具体的には第一原理計算を用い、まずはクロムと水素が結合する可能性を詳しく調べた。その結果、クロムの周りに7つの水素が双五角錐状に配置したとき、クロムと水素が強く結合することが分かった。また、これにより形成されるCrH7イオンともう1つの水素原子が3つのマグネシウム(Mg)原子から電子を受け取ることで、錯体水素化物Mg3CrH8を形成することが分かった。
クロムとマグネシウム、水素によって構成される最も一般的な化合物の組み合わせは、金属クロム(Cr)とマグネシウム水素化物(MgH2)、水素ガス(H2)の混合物であり、予測されたMg3CrH8がこの混合物よりも安定であれば合成の可能性を示すことができる。同研究ではマグネシウム水素化物、金属クロム、水素ガスの混合物(3MgH2+Cr+H2)およびMg3CrH8の安定性を第一原理計算により評価し、錯体水素化物Mg3CrH8の合成が可能であるとの結論に達した。
以上の理論予測を受け、金属クロムとマグネシウム水素化物との混合粉末(Cr+3MgH2)を5万気圧700℃の水素流体中にて4時間保持し、予測された錯体水素化物の合成を試みた。そして大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)にある中性子高強度全散乱装置(NOVA)にて試料の中性子回折測定を実施した。
理論予測された構造からシミュレートしたプロファイルと比較すると、ピーク位置、強度ともに非常に良い一致を示すことから、理論予測通りクロムに7つの水素が結合したCrH7イオンを含む錯体水素化物Mg3CrH8の合成に成功したことが示された。
同研究により、クロムが他の一般的な金属元素よりも多くの水素と結合することが実証され、長年の課題であったハイドライド・ギャップが克服された。理論計算によると、クロムにはさらに多くの水素と結合できる能力が秘められており、7つの水素のみならず、8つ結合したCrH8イオンや、9つ結合したCrH9イオンなどを含む錯体水素化物の合成が期待できる。
今後はさらなる水素の高密度化を進め、新たに合成された錯体水素化物の水素貯蔵や超伝導などの物性・機能性の評価研究を広範に推進していくという。
なお、今回の研究成果は、水素を高密度に含む水素化物の探索に向けて新たな指針を提示する重要な成果として、ドイツ科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」に受理され、2015年3月13日(現地時間)にオンライン掲載された。