体内時計の研究が急速に進んでいる。新しい発見が日本でもたらされた。哺乳類の体内時計に関わる新しい酵素CaMKⅡ(Ca2+/カルモジュリン依存性キナーゼⅡ)を、東京大学大学院理学系研究科の深田吉孝教授と金尚宏(こん なおひろ)博士らが見いだした。さらに、カルシウムイオンで働きが変化するこの酵素こそが一日の活動時間を一定に保っていることを、北海道大学医学部や生理学研究所(愛知県岡崎市)との共同研究で突き止めた。
カルシウムによる体内時計調節の仕組みを分子レベルで解明したもので、新薬開発や医療にもつながりうる成果といえる。5月15日発行の米科学誌Genes & Developmentに発表した。
ヒトを含む哺乳類の行動、生理リズムは約24時間の周期を刻む体内時計で制御されている。体内時計は脳の視床下部の視交叉上核にある。その時計が朝と夜に同調して、一日の活動時間帯が一定に保たれている。カルシウムイオンが重要な役割を果たしていることは知られていたが、その作用や体内時計の同調の仕組みはよくわかっていなかった。
深田吉孝東京大教授らは、カルシウムイオンによる細胞内情報伝達に関与する分子としてリン酸化酵素のCaMKⅡに着目した。生理学研究所の山肩葉子(やまがた ようこ)助教が、この酵素のリン酸化の活性だけを失わせたマウスを作製した。そのマウスの行動リズムを、北海道大学医学部の本間さと特任教授らが解析した。
この変異マウスは、一日の活動時間帯が徐々に延長し、本来は夜行性なのに、昼間になっても活動を続け、ついには重いリズム障害を示した。ヒトに例えると、日を追って夜更かしがひどくなり、睡眠時間が短縮し、ついには昼夜がわからなくなって断続的に寝たり起きたりを繰り返す症状に対応する。
このリズム障害を示すマウスの脳切片を用いて、神経細胞の体内時計を詳しく解析した。CaMKⅡの働きが阻害されると、視交叉上核の左右一対の神経細胞の同調が崩れ、活動時間を一定に保てなくなることを確認した。朝高く夜低いというこの酵素の活性リズムが、体内時計の正しい時刻決定に重要であることを見いだした。また、この酵素の働きを阻害剤で一時的に抑制すると、体内時計が夜の始まりにリセットされ、阻害剤を除くと、その時刻から体内時計が動き始めた。
これらの成果は、睡眠障害や体内リズム異常を伴う双極性障害(そううつ病)、アルツハイマー病などの多様な病気の解明にも役立つ可能性がある。これまで体内時計の構成因子は薬で調節するのが難しかったが、「CaMKⅡは酵素なので、薬剤開発の標的となりうる」と研究グループは期待している。
深田吉孝東大教授は「われわれの研究で、カルシウムが体内時計や生体リズムにどのように関与しているか、謎のひとつが解けた。この酵素、CaMKⅡに作用する薬剤の開発にも取り組んでいる。また、この酵素の遺伝子を変異させたマウスは、睡眠障害やリズム異常を研究するモデル動物になるのではないか」と話している。共同研究者の本間研一北大客員教授は「分子生物学と変異マウスづくり、行動研究が組み合わさって、興味深い発見ができた。体内時計や睡眠、疾患研究の新しい突破口になる」と研究の意義を強調している。