九州大学(九大)は4月25日、「第二減数分裂中期(Meta-II)」で分裂を一時停止している脊椎動物の未受精卵(成熟卵)が、受精によってその停止が解除され細胞分裂を開始する際の分裂停止解除/分裂開始の機構を分子レベルで解明することに成功したと発表した。

成果は、九大大学院 理学研究院の佐方功幸 教授、同・システム生命科学府博士課程3年生の迫洸佑氏らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間4月28日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

ヒトをはじめとする脊椎動物の未受精卵は、排卵後にMeta-IIで分裂を一時停止(Meta-II停止)して、受精を待つ。このMeta-II停止は、タンパク質「Emi2」が細胞分裂に不可欠な「APC/C(分裂後期促進複合体)」と呼ばれる巨大なタンパク質複合体の分裂開始因子に結合し、その活性を阻害することによって引き起こされる。Meta-II停止は未受精卵の単為発生(受精なしの偶発的発生)を防ぐために不可欠だ。マウスの実験では、この停止なしに細胞分裂・発生が起こると、「卵巣奇形腫」などが生じてしまうことが確認されている。

一方、未受精卵が受精するとEmi2が分解され、APC/Cが活性化することで細胞分裂がスタート。しかし、未受精卵でEmi2がAPC/Cに結合すると、なぜその活性が阻害されるのか、もしくは受精によってEmi2が分解されるとなぜAPC/Cが活性化できるのかは、実は未解明のままだった。

研究チームは今回、アフリカツメガエルの卵を用いて、APC/Cの活性化に関わる酵素「Ube2S」に着目し、その受精前後における発現や機能の詳細な解析を実施。その結果、4つのことが判明した。まず、Ube2Sが受精におけるAPC/Cの活性化(分裂開始)に重要な役割を果たすこと(画像1)が1つ。

続いて、未受精卵ではEmi2のAPC/Cへの結合によってUbe2SとAPC/Cの結合が阻害されていること。つまり、Emi2がAPC/CとUbe2Sの結合を拮抗的に阻害していることが確認された。さらに3つ目として、受精ではEmi2の分解によりUbe2SのAPC/Cへの結合が可能になり、APC/Cが活性化されることが明らかになったのである。そして4つ目として、Emi2とUbe2Sはそれらの互いによく似たアミノ酸配列を用いてAPC/Cの同一部位に結合できることがわかったというわけだ。

これらのことから、受精においては、APC/Cの阻害因子であるEmi2の分解によってAPC/Cの活性化因子であるUbe2SがAPC/Cが結合できるようになり、APC/Cが活性化(分裂が開始)することが判明したのである(画像2)。この成果に対し、「受精においては、Emi2によって"ハイジャック(阻害)"されていたAPC/CがUbe2Sによって"解放(活性化)"され、分裂が開始する」ことを示している、と研究チームは例えている。

画像1(左):受精卵の分裂開始におけるUbe2Sの重要性。アフリカツメガエル未受精卵の細胞抽出液(Ube2Sが除去されたものと除去されていないもの(対照))に精子核とカルシウムが添加されて試験管内で人工授精が行われた。対照ではカルシウム添加30分後には精子核に核膜が形成され細胞分裂が開始されているが、Ube2Sを除去したものでは核膜は形成されていない。このことから、Ube2Sは受精における正常な細胞分裂開始に不可欠であることが判明したというわけだ。画像2(右):受精卵の分裂開始の分子メカニズム。未受精卵ではEmi2の結合によってAPC/Cが不活性化され分裂が停止しているが、受精卵では(分解した)Emi2に換わってUbe2SがAPC/Cに結合し、APC/Cを活性化させることで細胞分裂を開始させる。Ube2SはEmi2と同一のAPC/C結合部位に結合する

今回、受精卵の正常な分裂開始にUbe2Sが不可欠であることが判明した。従って、ヒトの不妊や卵巣奇形種の原因の1つとしてEmi2やUbe2Sの発現異常や変異などの可能性が考えられ、今回の研究成果は、それらの診断や治療法の開発などの足がかりになるものと思われるという。

また受精卵の細胞分裂開始の機構解明は、生殖生物学を初めとする医学生物学で重要な課題の1つであり、大きな謎だった。今回の成果によりその詳細な分子機構が初めて明らかにされ、今後、受精・再生医学などへの広がりが期待されるとしている。