現代社会において、有用とされる人物像。旧来よりある、スペシャリストやゼネラリストといった類のものはもちろん、昨今では“雑談力”や“コミュニケーション力”のようなヒューマンスキルに重きが置かれ、その重要性を説き学ぶためのヒントが詰め込まれたビジネス書籍も数多く見受けられる。今を生きる社会人に求められるスキルは、それこそ山のよう……。もちろん、それらを学習するメソッドも山のように存在しているのが現状だ。

なかでも、昨今注目を集めているのが「PBL(Project Based Learning)」と呼ばれる教育手法だろう。単に座学のみで学習を行うのではなく、ひとつのプロジェクトを完遂させる過程、そこで得られた経験を通じ、真に自身の血肉となるスキルや問題解決等のノウハウを習得するというものだ。

産業技術大学院大学も創立以来PBLに力を入れ、IT分野やイノベーションデザイン分野で即戦力として活躍できる人材の育成に注力してきたという。今回は、その集大成とも呼べる「2014 AIIT PBL プロジェクト成果発表会」の様子をお届けしよう。

2014 AIIT PBL プロジェクト成果発表会、プレゼンテーションより

会場となった東京国際フォーラムには、在校生やOB・OGを含め数多くの来場者で賑わった

発表を行ったのは情報アーキテクチャ専攻、創造技術専攻より計21のプロジェクトチーム

産業技術大学院大学で実践されているPBLは、各プロジェクトチーム(以降PT)3~6名で構成され、1年という長いようで短い期間で与えられたテーマをPTのメンバーで分析。そこから見えた課題を、最終的にひとつの成果として結実させていくというもの。創立以来7度目となる2014 AIIT PBLプロジェクト成果発表会では、情報アーキテクチャ専攻より10PT、創造技術専攻より11PTが舞台に立った。

各PTがその成果を詰め掛けた来場者へプレゼンテーション。こういった体験も有益な糧となるだろう

プレゼンテーション後には質疑応答の時間も設けられており、時折来場者から鋭い質問も。緊張の面持ちの登壇者たちだが、しっかりと受け答えしている姿が印象的だった

PTとテーマ(情報アーキテクチャ専攻) PTとテーマ(創造技術専攻)
【中鉢PT】アジャイル開発による学生データベースの構築 【管野PT】建造物の老朽化検出および地震対策装置(ライフガード)の開発と提案
【小山裕司PT】OSSを活用したシステム開発 【舘野PT】ショッピングHPVの開発:3Dプリンタによる新試作法の適用
【成田PT】音声通信ロボットの実現とサービスロボットへのアプローチ 【越水PT】bwTrackr~脳波による新たな映像体験~
【瀬戸PT】個人情報影響評価実施ガイドラインの開発と医療機関への実証評価 【前田PT】アジアに対する産業コミュニティ構築のための政策提言
【松尾PT】ConfVisor:国際会議主催者業務管理支援システム 【川田PT】指示と確認による外国人向け実時間誘導システムの提案
【加藤PT】仮想環境を用いた移動ロボット用遠隔操作システムの提案 【橋本PT】アナタの購買意欲は読まれてる?購入者の意図を見抜く手法の提案
【戸沢PT】情報戦略と業務改革(BPR)提案 【村越PT】高齢者の見守りを目的とするセンサネットワークのバッテリレス化
【秋口PT】子ども向けプログラミング学習ツール「Jointry」の開発 【國澤PT】デザイン力を活用した港区芝商店会の変身への取り組み
【酒森PT】PM実践力と人間力の向上~ステークホルダーとの円滑な関係構築~ 【小山登PT】子育てにやさしい社会インフラと親子のためのモビリティ2030
【嶋田PT】ウェアラブルカメラによるプライバシー侵害の保護サービス 【福田PT】『和+船(わたしぶね)』東京通勤船のデザイン2030
【吉田PT】大都市におけるイノベーション~移動手段の固定概念からの脱皮~

1年に及ぶPBLの成果を発表する姿に感動を覚えた

それぞれのPTが、この晴れ舞台のために用意した展示用ディスプレイやプレゼンテーション資料は、さすがのひと言。なかには、より深く成果を理解してもらうべくオリジナル動画や3Dモデリング映像を用意するPTもみられ、詰め掛けた来場者の衆目を集めていた。そのなかでも、ひと際異彩を放っていたのが1/1スケールのモックアップを持ち込んでいた小山登PTのブース。「子育てにやさしい社会インフラと親子のためのモビリティ2030」というテーマに取り組んだ面々は、現状把握のためにヒアリングを行い、課題解決を実現させるモビリティの提案に加え、社会インフラの整備に及ぶ提言を行って関心を集めていた。

2030年という近未来のスマートコミュニティを意識した都市空間におけるトランスポーテーションに対して、モビリティ、都市インフラ、社会システム全体で課題解決に臨む

今ある事象から未来を予測し、小型モビリティの普及が進んでいると睨んだメンバーらは、一般の方へのヒアリングやアンケートから導き出された構造を作成し検討を重ねたという

来場者を驚かせていたのが、この1/1スケールのモックアップ。実際に車内に乗り込んだ際の空間を体験できるほか、子を持つ母親にとって使い勝手を最大化できるよう考え込まれた座席のギミックも確認できた

リニアが開通すれば、都心への通勤も短時間で可能となり、PTが設定した地方都市での子育ても現実味を帯びてくる。その際、都市インフラとしてPTが提案したのが、先のモビリティを120%活かす子育て支援の場。駅舎兼保育施設兼公園という複合型の施設だった

社会インフラという観点では、福田PTの成果発表も引けを取らない。「『和+船(わたしぶね)』東京通勤船のデザイン2030」というテーマから導き出された解は、大都市東京の河川に着目し、現状では慢性的な混雑が問題となっている鉄道やバスといった公共交通機関に加え、水上交通という新たなアプローチを提案。実際に東京都へプレゼンテーションを行うなど、その具体性や彼らの熱意には胸を打たれた。

福田PTは東京を流れる大小の河川に着目。かつて花形だった輸送手段の水運を21世紀流にアレンジし、水辺から都市を創っていくという

現状把握もしっかり行われており、月島・晴海エリアでは居住者数の多さと比して鉄道の駅が2カ所しかなく交通網の整備が課題だと分析。彼らの提案する通勤船が現実のものとなれば通勤ラッシュの緩和はもちろん、防災への備えも期待できるという

衰退した水上交通の原因を探り、システムデザインでそれを克服

、その過程もしっかり作り込まれており説得力を感じさせられた。

奇しくも2020年には東京でオリンピックが開催される。慢性的に交通渋滞の激しい首都東京、その打開策と成り得るかもしれない

竹細工をデザインに取り込んだ船体模型や2030年の水辺をイメージしたミニチュアなどが目を惹いた展示ブース

また、既に実績を残しており、今後その成果に注目が集まるであろうPTの発表もあった。松尾PTによる「ConfVisor:国際会議主催者業務管理支援システム」の成果発表では、高度なノウハウを要する国際会議の運営をサポートするソリューションを開発。PTメンバー自ら国際会議の運営スタッフとして“現場”での実体験を得るなど、より実践的なシステムを構築するための取り組みは称賛に値する。第23回国際ミーティング・エキスポ(IME 2013)にブース出展し高い評価を得るとともに、既に8つの国際会議においてPBLの成果である「ConfVisor eXpress(国際会議主催者業務マニュアル)」の導入が決定しているという。また、今春には国際会議をトータルサポートする「ConfVisor」もリリースされる予定とのこと。

「ConfVisor」でサポートする国際会議。国際会議の運営は実施される数年前から動き始め、その業務は多岐に渡る

しかし、国際会議と言えど潤沢な予算を有するものは多くなく、予算的な制約や運営知識を持った人的リソースの確保に課題があるという。それでありながら、非常に多岐に渡る業務を遂行しなくてはならないと運営者への負担が大きい

そんな運営者の負担軽減のため生み出されたのが「ConfVisor」「ConfVisor eXpress」。Web上で利用でき、無償で利用することができるのは大きな特徴だろう。国際ミーティング・エキスポ(IME 2013)でも注目を浴び、既に複数の国際会議場、コンベンションビューロー、国際・国内会議で活用されている

筆者が個人的に興味をそそられたのが、越水PTによる「bwTrackr~脳波による新たな映像体験~」についての成果発表だ。自らカメラと脳波センサが一体となったウェアラブルデバイスを作成し、映像と脳波の反応を同時に取得。強く“楽しい”や“安らぎ”、“不安”を感じた時の映像を記録できるという。また、スマートフォンを活用して記録した映像と位置情報と紐付けるなど、実用性もさることながら一般ユーザーにも身近なエンターテインメント性を秘めるなど、将来的な発展性を感じずにはいられなかった。

写真を撮影するという行為が日常になった今、ついうっかり「この写真、どこで撮影したんだっけ?」と失念してしまうことも。そんなもどかしさを解決してくれ、より豊かにしてくれるのが「bwTrackr」だ

頭部に装着するウェアラブルデバイスとスマートフォンを利用し、感情の動きに反応して映像を記録できるという

例えば写真のような“喜び”や“楽しさ”といった感情が爆発したシーンで、ユーザーは意図せずとも映像を記録できるという。また、メンタルマップで感情がより多く動かされた場所をヒートマップのように確認することもできるという

将来的には、数多くのユーザーに「bwTrackr」を利用してもらい、数多くの情報を活用して様々なサービスへの派生も期待できると夢を語ってくれた

こちらが「bwTrackr」。実際に装着して体験することもできた

その他にも、お掃除ロボットとタブレットを融合させ、遠隔ロボットキャンパス案内システムを模索した加藤PTの「仮想環境を用いた移動ロボット用遠隔操作システムの提案」や、治具の制作に昨今注目を集めている3Dプリンタを活用し具現化した舘野PTの「ショッピングHPVの開発:3Dプリンタによる新試作法の適用」など、キラリと光る発想が印象に残った。

お掃除ロボットとタブレットを組み合わせてロボットを製作した加藤PTのブース。仮想環境の構築にはゲームエンジン「Unity」が用いられているとのこと

舘野PTが制作したショッピングHPVの自転車部分とショッピングカート部分を連結する治具に3Dプリンタで出力したパーツが活かされている。試作品では強度を増すため、カーボンファイバーで補強してあった

高いコンピテンシーを有した高度専門職人材を育成する産業技術大学院大学が推し進めるPBL。真に、ITやイノベーションデザインの明日を切り開ける人材を目指すのであれば、大学院大学で学ぶ、という選択肢を考えてみるのもひとつの手かもしれない。