私、デイビー日高は「未知」とか「謎」とかが好きだ。同様に「謎だったことがわかる」ことも好きだし、技術的に「これまでできなかったことができるようになる」ことも好きだ。自分でいうのも何だが、好奇心が強い。そうした未知や謎、そして新たな発見や技術の進歩などに触れられるからこそ、サイエンスライターを名乗らせてもらっているようなものである。名刺に書いたりする都合でサイエンスライターとはしているが、どちらかというと「謎マニア」とか「未知オタク」とかそっちの方が正しいかも知れない(苦笑)。

とはいっても、何でもかんでも謎なら好きかというと、やっぱりその強弱があるのは間違いない。嫌いではないにしても、あまり関心がないものもあれば、できれば研究者を捕まえて泊まり込みで質問攻めにしてみたいような分野まで、温度差はある。

そうした中で、関心が強い分野の1つが、元素とか原子の世界というわけだ。そんなことだから、新元素が合成された、なんて話はワクワクしてしまう。2012年9月25日の、理化学研究所(理研)で113番元素が発見(合成)されたなんて話は取材していて非常に面白かったし、理研 仁科加速器研究センターの施設取材の際には113番元素の発見者の森田浩介博士に113番元素以外の話をいろいろと聞いてしまった。

さらに、2013年10月4日に中性子過剰領域で魔法数34が発見されたという会見の翌日にも、東京大学大学院 理学系研究科教授兼理研 仁科加速器研究センター 主任研究員の櫻井博義氏ら、会見に臨んだ先生方を質問攻めにしてしまったものである。

どうしても、119番元素(現在、113番元素のように正式名称が決定していないものもあるが、118番までは発見されている)以降に、SFに出てくるような便利な元素などの可能性があり得るのか、気が気でならないのだ。陽子と中性子が特定の数の時にそれ以外の条件と比べると非常に安定するという「魔法数」の話なんて話題は気になって仕方がない。元素の世界は謎だらけで、惹きつけて止まない世界なのだ。

そんな中、PHP研究所のPHPサイエンス・ワールド新書シリーズの1冊「元素はどうしてできたのか 誕生・合成から「魔法数まで」」が2013年11月に出版された(画像1)。

画像1(左):PHP研究所のPHPサイエンス・ワールド新書シリーズの1冊「元素はどうしてできたのか 誕生・合成から「魔法数まで」」。本体価格840円。 画像2(右):著者の東京大学大学院 理学系研究科教授兼理研 仁科加速器研究センター 主任研究員の櫻井博義氏

実際に読んでみると、内容が本当にすごい。もう目次を見るだけで、「もしかしてこれは私のために書いてくれたのでは?」と勘違いするほど、知りたかったことがたくさん書いてあるし、それ以上に知らなかったことも山ほど書いてある。

それも難しくない。最初、サイエンスライターとしての知識をフル動員して、時にはインターネットで検索をかけまくって読まないとついていけないのでは? などと思ったら、物語を読んでいるような感じ。たま~に、エネルギーを算出するための計算式とか出てくるのだが、わからなかったら飛ばしても問題ない。基本、理数系の高校生、いや下手したら理科好きなら中学生でも、全部は理解できないにしても大筋は間違いなく楽しめるだろうという作りになっているのである。

そう、この「楽しめる」ことが重要なのだ。PHP研究所の出版物だし、東大の教授で理研の責任者を兼任するような日本屈指の原子物理学者が著者と来たら、一見すると「楽しむ」のではなく「学ぶ」ための書籍のようなイメージを持ってしまうかも知れないが、実際はまったくそんなことはない。楽しみながら身につけられるのである。

何しろ、最初から驚かされた。「お前、それでもサイエンスライターか!」というツッコミが入りそうだが、元素と原子の違いからきちんと教えてもらえるのだ。え? 元素も原子も同じじゃないの? と私と同じことを思う方もいるかも知れない。一般的には確かに同義語として使われることも多いのだが、科学用語としてはかなり違うのだ。

元素というのは、「元素周期表」というように、水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム…と、陽子の数が異なる物質の名称である。元素とする場合は、陽子の数は同じだけど中性子の数が異なる「同位体」をあまり区別せず、ひとまとめに扱う。それに対して原子の場合は、同位体を区別して考えるのだ。つまり、元素というのはグループ名といった形。原子というのは、そのグループを構成する同位体レベルで、それぞれを指すような使い方をするのが正しいというわけだ。

例として、水素を挙げてみよう。元素名が水素だけど、水素の同位体には、陽子が1個だけの水素(軽水素)、陽子1個に中性子1個の重水素(重陽子ともいう)、陽子1個に中性子2個の三重水素の3種類がある。水素、重水素、三重水素それぞれを個別に取り上げたい時には、水素原子、重水素原子、三重水素原子といったいい方をするというわけだ。でも、みんな同じ水素の仲間なので、重水素も三重水素もみな元素としては水素というわけである。

ご存じの方も多いかも知れないが、不本意ながら私はその違いを明確に知らなかった。なので、なるほど! と合点。前々から、元素周期表とはいっても、原子周期表といわないのはなぜ? 水素原子とはいうけど、水素元素とはいわないのはなぜ? と思っていたのだが、そういうことだったのかと納得がいったというわけである。

さらに、単独で存在する場合の中性子の寿命は15分しかないのに対し、逆に陽子は現在のところ、10の34乗=100溝(こう)0000穣(じょう)0000じょ0000垓(がい)0000京0000兆0000億0000万0000年以上とされているとか、ビッグバンで作られた原子は短時間でなくなってしまったものも含めると、水素、重水素、三重水素、ヘリウム-3、ヘリウム-4に加え、リチウム-6やベリリウム-7もあったとか、陽子と中性子が原子核で安定して存在できる「魔法数」の次の予想される数はいくつだとか、もう昔懐かしいバラエティ番組ではないが、「へ~」ボタンを何連打すればいいんだという具合。

しかも、それらが別に大学の物理の講義のような専門的な知識をほとんど必要とせずに読めるのである。順序だった構成で、滑らかな文章でもって懇切丁寧に教えてくれるので、スラスラっと読めてしまう。そんなこといったって、ライターをやっているのだからスラスラ読めて当然だろうって思われるかも知れない。もちろん、そういう部分もないとはいわないが、それを差し引いても読みやすいのだ。

しかも、わかっていることだけでなく、まだ解けていない謎についてもいろいろと紹介されている。だから、今の中高生が将来研究者になったら、「これを研究してみたい!」と思えるようにもなっている。難しくないから中高生が「楽しみながら」身につけられ、謎に対する好奇心を持てるようになっているのだ。

ともかく、原子物理学の最先端を懇切丁寧に楽しみながら身につけられて、さらに日本の原子物理学の歴史の一端なども扱っており、本書1冊を読破すれば、原子物理学の「げ」の字も知らなかったとしても、原子物理学の通になれてしまうというまさに至れり尽くせりな内容なのである。

本書を読んだら、もう「元素名」を題材に山手線ゲームをして、2周目に何もいえなくなってあっさり負けてしまった、などという暗い過去を持つ人でも、いつの間にやら「中性子過剰な領域では従来の魔法数のいくつかが消える代わりに、新たな魔法数が登場するんだよねぇ。その1つが理研が発見して、魔法数としては一番新しい、34てわけよ。まだまだ魔法数は謎が多いねぇ」などと熱く語れるはずである(笑)。

そんな冗談はともかく、原子物理学や科学全般が好きな人、私のように未知のものなら何でも好き、なんて人には特にオススメの本書。高校物理の副読本としても推薦したいぐらいなので、「楽しみながら知識を身につけたい」という人は、ぜひとも手に取ってみてほしい。

元素はどうしてできたのか

出版社:PHP研究所
発売:2013/11/19
著者:櫻井博儀
ISBN:978-4569815480
価格:840円
出版社より:まずビッグバンにより素粒子が生まれ、それらが結合して陽子(=水素の原子核)や中性子となった。陽子と中性子が結合して重陽子となり、さらに重陽子と陽子が結合することでヘリウムの原子核が生まれた。やがて宇宙の温度が下がって原子核と電子が結合して原子が誕生し、恒星の内部や超新星爆発によって92番までの元素が作られた。93番以降の元素は天然では作られず、世界各国で熾烈な合成競争が繰り広げられてきた……。

文系も理系も胸躍る、微小な元素の壮大なドラマを、理化学研究所の主任研究員と東京大学教授を兼ねる著者がわかりやすく解説。理化学研究所は世界最高の加速器を擁し、113番目の元素の合成に成功、原子核を特に安定にする「魔法数」を新たに発見するなど画期的な成果を挙げてきた。本書ではそれらの成果も取り上げ、核物理学の到達地点と将来の展望を語る。同じ元素における複数の原子を掲載した「核図表」など魅力的なトピックスが満載!