東京大学は、基礎生物学研究所(NIBB)との共同研究により、メダカのメスがそばにいた異性を目で見て記憶し、その求愛をすぐに受け入れて性的パートナーとなることを発見し、さらに性的パートナーを受け入れる際に、拒絶から受け入れへとモードを切り替えるための神経細胞を同定したことも発表した。

成果は、東大大学院 理学系研究科 生物科学専攻の奥山輝大博士(現・マサチューセッツ工科大学所属日本学術振興会特別研究員SPD)、同・竹内秀明助教、同・博士課程2年の横井佐織氏、同・博士課程1年の磯江泰子氏、同・生体情報学研究室の岡良隆教授、NIBBの成瀬清准教授、亀井保博特任准教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月3日付けで米科学誌「Science」に掲載された。

ヒトを含む多くの動物において「相手を知っているか否か」という面識の有無が性的パートナーを選択する決め手になる例が数多くある。例えば、一夫一妻を営むハタネズミのある種は生活を共にするパートナーをほかの異性と区別し、積極的に性的パートナーとして受け入れる。逆にグッピーは見知らぬ「新奇な異性」を性的パートナーとして選択する傾向があるという具合だ。

今回の実験では、オスとメスを透明なガラスで仕切ってお見合いさせておくと、メスは目で見ていた「そばにいたオス」を記憶しており、「そばにいたオス」と「見知らぬオス」をメスと一緒にすると、メスは両者を区別して、「そばにいたオス」の求愛を積極的に受け入れることがわかった。その様子は、東大の同研究成果に関するプレスリリースにて、動画でも紹介されている。このことからメダカは異性を目で見分けて記憶する能力を持っており、その能力に基づいて性的パートナーを選択すると示唆されるという。

そしてお見合いをすると、メスの脳では「GnRH3ペプチド(GnRH3脳内ホルモン)」を合成する「終神経GnRH3ニューロン」と呼ばれる大型神経細胞の電気的活動が活性化し、この神経細胞がメスの「恋ごころスイッチ」として機能することも判明。終神経GnRH3ニューロンは多くの脊椎動物の脳に共通して存在する部位だ。終神経と呼ばれる部位に神経細胞体が存在し、脳内に極めて広く軸索を延ばしてGnRH3ペプチドを放出することにより、広範囲の脳部位の機能修飾に関わると考えられている。なお、ペプチドとは、多くのアミノ酸からなる化学物質だ。

さらに遺伝子操作により、終神経GnRH3ニューロンの働きをコントロールすることで、メスがオスの求愛を受け入れるかどうかを人工的に操作することにも成功したと発表した。

また、メダカの性行動に異常が生じるメダカ変異体として「見知らぬオス」からの求愛をすぐに受け入れてしまう2種類のメダカ変異体(cxcr7、cxcr4)の同定にも成功。これらのメダカ変異体において、脳の神経回路に異常がないかが調べられたところ、終神経GnRH3ニューロンの形態形成に異常が見つかったのである。

そこで終神経GnRH3ニューロンが、メスにおける性的パートナーの選択にどのように関わるかが検討された。まず、メスの終神経GnRH3ニューロンをレーザーで破壊すると、そのメスは変異体と同様に「見知らぬオス」の求愛をすぐに受け入れることが判明。次に終神経GnRH3ニューロンの電気的な活動を記録した結果、特定のオスが長時間そばにいるとメス脳の終神経GnRH3ニューロンの神経活動(自発的に発火する頻度)が活発になることが確認された。

これらのことから、終神経GnRH3ニューロンは通常状態では、「見知らぬオス」の求愛の受け入れを抑制する働きがある(破壊すると、受け入れを抑制できなくなる)が、神経活動が活性化すると「そばにいたオス」を性的パートナーとして受け入れるためのスイッチがオンになることが示唆されたというわけだ。

さらに、GnRH3ペプチドの機能が欠損したメスのメダカ変異体が作製されて実験が行われた結果、オスを長時間見ても、GnRH3ニューロンの神経活動は活性化せず、「そばにいたオス」の求愛をすぐに受け入れないことが確かめられた。これらの結果から、GnRH3ペプチドは終神経GnRH3ニューロン自身の神経活動を促進する働きがあり、性的パートナーを受け入れるスイッチをオンにするために必要であることが示されたのである。

今回の研究では、メダカにおいて異性を目で見て記憶し、性的パートナーとして積極的に受け入れる神経機構が解明された形だ。これまでGnRHは、脳下垂体において生殖腺刺激ホルモンの分泌を促進し、生殖腺の機能を活性化する「GnRH1ペプチド」としての働きのみが注目され精力的に研究されてきたが、今回の研究ではGnRH3ペプチドが脳内ホルモンとして働き、性的パートナーの選択に関わることが初めて証明された。ヒトで機能的に類似する神経細胞を見つけることができれば、将来的にヒトが恋に落ちる神経機構や他者を覚えて区別するために必要な神経機構が見つかるかも知れないとしている。