KDDIが11月6日より開設している「au未来研究所」をご存知の読者はいるだろうか。未来の携帯電話開発に向けたイノベーションの創発を目的としたWebサイトで、KDDI研究所の付帯組織として設置された仮想のオープンラボラトリーだ。
SNSアカウント(TwitterやFacebook)でログインするだけでユーザーは研究所員となることができ、au未来研究所の極秘研究情報などを閲覧することができる。12月10日時点で所員数は7600名にのぼっており、今後も更なるユーザー数の増加が見込まれる同研究所。
12月12日には、外部パートナーのスティーブンスティーブン(STST)とのコラボレーションにより実現したアニメーション映画が同WebサイトとYouTubeで公開された。同映画は、STSTの共同CEOであり、アニメーション監督の神山 健治氏を中心に制作。神山氏は「攻殻機動隊シリーズ」や「東のエデン」、ドコモのXi携帯をモチーフにしたアニメーション短編映画「Xi AVANT」の監督を務めたほか、シティーハンターやAKIRAといった著名アニメーション映画にも制作参加を果たしている人物だ。
監督だけではなく、音楽担当にも菅野 祐悟氏を起用。菅野氏は2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」の音楽監修を務める勢いのある音楽家の一人で、ほかにも「ガリレオ」や「安堂ロイド」の監修を行っている。
これらのビッグネームが名を連ねながらも、あまりプロモーションを行っていないKDDIの狙いはどこにあるのか。KDDI コミュニケーション本部 宣伝部で担当部長を務める塚本 陽一氏と、スティーブンスティーブンの共同CEOである古田 彰一氏に話をうかがった。
ユーザーとコミュニケーションを行う場所
「KDDIのコーポレートリリースとしてバーチャル組織の開設を発信した。これはマーケティング上の狙いでもある」。こう語るのはKDDIの塚本氏。
生活者とのコミュニケーションを相互に行っていく場所として、継続的なエンゲージメントを深め、ユーザーに寄り添った関係性を築いていきたいことが目的だという。
「auブランドを"愛されるブランド"にしていきたいという思いがある。通信業界というフィールドは非常に特殊で、面白い業界である。その一方で、ドコモやソフトバンクを合わせると1億3000万の契約数となり、成熟しきっている市場でもある。iPhoneというデバイスが一番分かりやすいが、KDDIだけでなく、ソフトバンクやドコモもそのブランドを提供できるため、差異が出せない」(塚本氏)
ビールでいえばキリンは「一番搾り」、アサヒは「アサヒスーパードライ」という独自のブランド価値を確立しているが、携帯キャリアは固有の端末ブランドを確立できず、アップルのiPhoneという武器をそれぞれが持っている状況だ。
「特に理由はないけど、auってなんかいいよねっていうブランド構築を行っていきたい。エンゲージリングして愛されるブランドを作っていきたい」(塚本氏)
未来の携帯電話を作るというアイディア作りについては生活者と空想技術のプロ、技術のプロが相互に協力する形で進めていく。「オープンラボ研究員として参加していただく生活者がアイディアを考えて、監督の神山氏も関係のあるプロダクションIGが想像を膨らませる。」(塚本氏)。
研究員から寄せられたアイディアは、プロダクションIGのアニメーターがラフスケッチでイメージとして書き起こしている。Webサイト開設から蓄積されたアイディア数はすでに200件に達しており、アニメーターによって書き起こされたスケッチも14件にのぼる。
そして、この「膨らませた想像」を具現化するのが"技術のプロ"であるKDDI研究所の研究所員だ。「バーチャル組織でありながらも、KDDI研究所の付帯組織として設立しているため、本物の研究所員がau未来研究所の所員になっているメリットがここにある」と語る塚本氏。
今後、このよう具現化したアイディアをその先へどのようなスキームで展開していくかについてはまだ検討を行っている段階だという。「相互シナジーを継続していくことで、様々なものを産み出していきたい」(同氏)。
神山氏を起用した狙い
神山健治氏をアニメーション監督に起用した理由には「コミュニケーションを描くことに定評があるから」と塚本氏。
au未来研究所という不思議な立ち位置が物語の主軸となっている8分間のアニメーションは、フィクションとノンフィクションが入り交じっている。
この点についてSTSTの古田氏は「今回の取り組みが面白い点は発信母体がフィクションであるということ。ただし、本物の研究所の中にバーチャルの研究所が存在しており、フィクションとノンフィクションの壁が崩れている。近年は、ネットを中心にこのような価値観が広がり始めているし、こうした話を題材としてアニメーションを描けたことは、新しい取り組みだと考えている」と話す。
「『嘘のような本当』『本当のような嘘』という視点で見てもらえると嬉しい」とも語る古田氏だが、実際にアニメーション内ではKDDI本社ビルやKDDI研究所がリアルに描写されており、登場人物も実際に存在するかのように感じてしまう。
詳しくはアニメーションを見てもらいたいが、YouTubeではなく、実際にau未来研究所でユーザー登録を行って体感してもらいたい。これには理由があり、舞台背景や用語解説が再生画面脇で流れるほか、続編のアニメーションに繋がるキーワードをサイト内コンテンツで入手することができる。
KDDIの塚本氏が「新しい視聴体験への挑戦」と語る取り組みとして、このコンテンツを入手する際に電話をかけるというネットから離れたコミュニケーションが求められる。電話をかけることでキーワードを入手するのだが、こうしたちょっとしたアクセントは、全てネットで済ませてしまいがちな最近のプロモーションとは一味違う側面を見せてくれている。
アニメーションは全3部作で、2月に第2部、第3部を立て続けに公開する予定。今後もサイトから目が離せない。
アニメーションだけでは終わらない"au未来研究所"
また、話題になるムービを作って終わりというわけではなく、継続的なコミュニケーションの場にしていきたいとする塚本氏。
ユーザーがのめり込むことのできる場所にするだけではなく、広告コンテンツの場所、ビジネスインキュベーションの場所としての展望も持っているようだ。
「例えば、未来ニュースでは銀のさらさんとコラボレーションを始めている。このような取り組みを含めて、ユーザーに『本当なのかな』と思ってもらえるようなリアリティーも提供していきたい」(同氏)
最後の質疑応答で、マス広告とは異なる、ややネットに寄り添ったプロモーション手法について、塚本氏がその裏を明かしてくれた。
「コミュニケーションを行いたくても、誰にでも愛されるような展開ではやっていけない部分がある。仮想空間という世界観をオンラインコンテンツとして展開することを考えたときに、au未来研究所というものが見えた。このようなコミュニケーション方法を好むギークな方々、先進層の方に愛されていきたいし、コミュニケーションを図りたい。もちろん、その周囲にいる方々に波及していってもらえればなお嬉しい」(塚本氏)。