群馬大学(群大)は10月31日、東京理科大学との共同研究により、糖尿病との関連が示されている遺伝子「CAPS1(Ca2+ -dependent activator protein for secretion1)」を欠損したマウスの作製に成功したと発表した。

成果は、群大 先端科学研究指導者育成ユニットの定方哲史 助教、東京理科大 理工学部の古市貞一 教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月30日付けで北米神経科学会誌「Journal of Neuroscience」オンライン版に掲載された。

CAPS1はCADPS1とも表記され、「有芯小胞」という大型の分泌小胞に作用して、小胞内腔に含有される「インスリン」などの「ペプチドホルモン」や「ドーパミン」や「ノルエピネフリン」など「生体アミン」の分泌を促進する因子と考えられている(画像1)。

その分泌の仕組みは、まず細胞内におけるCa2+の濃度が増加することで有芯小胞が刺激を受けると、その膜が形質膜と融合する「開口放出」を起こし、内腔に含有された物質を細胞外へと分泌。この際、CAPS1は開口放出を促進する作用を持つと考えられているのである。

画像1。CAPS1による有芯小胞の活動依存的な分泌の調節

CAPS1に分泌促進を受ける物質はそのほかにもあり、分泌性タンパク質の「脳由来神経栄養因子(BDNF:brain-derived neurotrophic factor)」もその1つだ。BDNFは特に脳に多く発現し、神経ネットワークの形成に関与することで学習や記憶などの脳の高次機能を調節し、うつ病などの精神疾患にも関連することが知られている重要な分泌タンパク質である。

また病気に関しては、CAPS1タンパク質が減少したマウスを用いることによって、すい臓のランゲルハンス島からのインスリン分泌に関与していることが示唆されてきた。CAPS1タンパク質が減少したマウスは、糖尿病の症状を示すのである。

さらにCAPS1は、生命維持においても極めて重要なことが確認されている。マウスの全身においてCAPS1遺伝子を完全に欠損させると、生後すぐに死亡してしまうのだ。そのため、生後の解析ができず、個体レベルでの解析ができていない状況だった。

そこで定方助教らは今回、後のマウスを用いた個体レベルでのCAPS1遺伝子の役割を解明することを目的に、大脳や海馬、および小脳など脳に特異的にCAPS1遺伝子を欠損させたマウスを開発に挑んだのである。

「Creタンパク質」は染色体上で2つの「loxP配列」によって挟まれた遺伝子配列を除去するという活性を持っている。定方助教らは、大脳と海馬もしくは小脳特異的にCreタンパク質が作られるマウスと、今回作製したCAPS1遺伝子がloxPによって挟まれた染色体を持つ遺伝子改変マウスを交配させ、大脳・海馬もしくは小脳特異的にCAPS1を欠失させることに成功した。

このマウスを解析した結果、神経ペプチドなどの分泌性タンパク質を含む有芯小胞が神経軸索にほとんど分布しないことが判明。さらに内包されるタンパク質候補を広く調べた結果、BDNFを含んだ輸送小胞が神経軸索に分布しないことも明らかになった(画像2・3)。また、これによるシナプスにおける分泌機能の低下も見られたのである。電子顕微鏡における観察においては、ゴルジ体の形態異常も確認された。これらの結果から、インスリンの分泌に関与しているCAPS1タンパク質は、脳においてはBDNFの分泌に関与することが明らかになった次第だ。

マウス小脳におけるBDNFの局在。BDNF抗体を用いて蛍光シグナルでBDNFを検出したところ、正常なマウス小脳(画像2(左))に比べ、CAPS1を欠損したマウス小脳(画像3)では、その量がかなり減少していることが明らかになった

糖尿病は、うつ病を併発しやすいことが知られている。今回の研究成果は、CAPS1タンパク質がインスリンとBDNF分泌の両方に関与していることを示しており、糖尿病とうつ病の分子病態の理解に新しい知見をもたらすものだという。つまり、糖尿病とうつ病が併発するメカニズムの一部を示唆しているとする。臨床面において、基礎基盤と応用的展開に新しい切り口を開くものとして重要だとしている。