京都大学(京大)は10月18日、細胞の増殖やがん化に関わるタンパク質「ERK」の酵素活性が細胞ごとに不規則に活性化していること、ならびに酵素活性の大きさではなく活性化の頻度が細胞の増殖速度を決定することを発見したと発表した。

同成果は、同大の青木一洋 医学研究科特定准教授、同 松田道行 生命科学研究科教授らによるもの。詳細は米国科学雑誌「Molecular Cell」に掲載された。

がんは、遺伝子に変異が入ることで発生するが、その発生遺伝子は100種類以上あり(がん遺伝子)、それらに変異が入ると、細胞内の情報伝達系に異常が起き、細胞が増えるというシグナルが止まらなくなり、無限に増殖するといったがん細胞に特有の性質を獲得することとなる。特に細胞内の「Ras-ERK情報伝達系」はがんと関連することが知られており、すでにこの情報伝達系を構成するタンパク質を標的とした抗がん剤が治療に用いられているほか、現在も多くの抗がん剤の開発が進められている。

タンパク質「ERK」はRas-ERK情報伝達系の出力を司る分子で、これまでの研究から細胞の増殖や分化の制御に必須であることが判明しているが、これまでの研究の多くが、生化学的手法により、何百万個の細胞を使って、ERK分子の活性の平均値を測定するという手法を用いており、1つの細胞の中でERK分子の活性がどのように変動するのか、またその機能的な役割については不明となっていた。

そこで研究グループは今回、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の原理に基づくバイオセンサを新たに開発することで、1つ1つの細胞におけるERK分子の活性の詳細な時間変化を蛍光顕微鏡により測定可能とする手法を実現し、これにより、増殖している細胞においてはERK分子が1時間から数時間におきに不規則かつ一過性の活性化をすること、ならびに1つの細胞でERK分子が活性化すると数分後に隣の細胞でERK分子の活性化が引き起こされる「ERK分子活性の伝搬現象」を発見したとする。

確率的なERK分子の活性化と細胞間伝搬現象の発見

この不規則かつ一過性のERK分子活性化について、さらに研究を行ったところ、細胞の増殖が遅いときはERK分子活性化の頻度が低く、逆に細胞の増殖が速いときはERK分子の活性化の頻度が高いことが判明したという。この結果は、細胞の増殖の速さとERK分子の活性化の頻度に関連があることを示唆するものであり、ERK分子活性の大きさが細胞増殖の速度を決めているというこれまでの先行研究の考え方と大きく異なるものであると研究グループは説明する。

このため研究グループでも、この仮説の直接検証を目指し、外部から青い光を当てるとERK分子が活性化する細胞を作製し、ERK分子の活性を光で制御したときの細胞の増殖速度を調査。その結果、青い光を常に露光させた細胞では増殖の速さが変化しなかったものの、1時間おきに青い光を細胞に当てると細胞の増殖が速くなることを確認。これにより、ERK分子の活性化の頻度、すなわち周波数が高いか低いかによって細胞の増殖の速さが決まることを突き止めたという。

さらに、次世代シークエンサーを用いて遺伝子ネットワークの解析を実施したところ、ERK分子を1時間おきに活性化させたときにだけ発現が引き起こされる遺伝子群を発見。これらの知見から、ERK分子はその活性化の強さではなく頻度、つまり周波数によって細胞の増殖速度を調節していることが明らかになったという。

ERK分子の活性化の頻度による細胞の増殖速度の調整とFMラジオとの比較

研究グループでは、これまでAM(振幅変調)方式を採用していると考えられてきた情報伝達系の多くが、実はFM(周波数変調)方式を用いて細胞の増殖速度を調節していることを示す今回の成果が、今後、より広範な現象に適用できる可能性があると指摘。また、ERK分子活性の時系列情報から細胞の増殖速度を直接計算することが可能になったことから、今後、この利点を生かし、がん細胞の効果的な抗がん剤療法の予測や評価が実施可能になることが期待されるとコメントしている。