早稲田大学(早大)は10月1日、細胞分裂の際に染色体を輸送するタンパク質分子モータ「Xkid」の運動を、細胞分裂装置「紡錘体」内で直接観察することに成功し、Xkidは紡錘体内の微小管配向に応じた運動をしており、紡錘体内の微小管配向はXkidによる染色体の輸送に最適化されていることがわかったと発表した。

成果は、早大理工学術院の高木潤助手、同・板橋岳志講師、同・博士後期課程3年鈴木和也氏(日本学術振興会特別研究員(DC1))、同・石渡信一教授(早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所(WABIOS)所長)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月1日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

ヒトの体は、1個の受精卵から始まり、遺伝情報を集約する染色体が、細胞分裂のたびに娘細胞へと1本たりとも間違えることなく正確に受け継がれることによってでき上がっている。染色体の分配に狂いが生じると、重篤な疾患やがんの悪性化などのさまざまな病気の原因となってしまう。

Xkidは、その機能が阻害されると染色体の整列がうまくいかなくなることが知られている。またこれまでにその運動機能については、細胞から抽出・精製したXkidを用いて、細胞外の環境において調べられてきた。その結果、Xkidは多分子集合体の状態で微小管のプラス端方向に運動することが確認されている。

しかし、実際に細胞内でどのように運動しているかについては、明らかになっていなかった。細胞内で、Xkidは細胞分裂装置である紡錘体内に存在している。紡錘体は多くの微小管が集合し、配向することででき上がった規則的構造物だが、紡錘体内でXkidがどのように運動しているのかは、染色体分配の仕組みを知る上で非常に重要な研究課題だった。このような状況を踏まえ、研究チームは、「紡錘体内でXkidの運動を観察する」ことを目標に研究を進めたのである。

紡錘体の大きさは細胞の種類にもよるが、研究チームが用いた「アフリカツメガエル」の卵の抽出液中で自己組織的に形成させる紡錘体は、30-50μm程度の構造物だ。従って、紡錘体内で蛍光物質をラベルした1分子~数分子の運動を顕微鏡下で観察するのは光学的に非常に困難である。そこで今回の研究では、明るい蛍光微粒子の「量子ドット」をXkidに結合させる手法が採用された。それにより、Xkidの運動の軌跡を蛍光顕微鏡下で追跡できるようになったのである(画像1・2)。

紡錘体内におけるXkidの運動の軌跡。量子ドットを結合したXkidは染色体(DNA)上のほか、微小管上(画像1:左)、黄色矢印)で観察された。微小管上のXkidは紡錘体の長軸方向に秒速120~140nmで運動していることが判明(画像2:右)。横軸、縦軸のスケールバーはそれぞれ10μm、100秒

Xkidは紡錘体内を微小管の方向に沿って長い距離(平均~5μm、最大17μm)、複数の微小管を乗り換えながら運動することが確かめられた。また、Xkidの運動方向は紡錘体中の微小管の方向性分布と一致し、そのためにXkidは紡錘体の赤道面付近に集積することも判明。分裂中期において染色体は紡錘体の赤道面付近に集積・整列するが、Xkidが染色体を紡錘体の赤道面付近に集積する機能を持つことが分子レベルで証明されたことが今回の研究の成果というわけだ(画像3・4)。

Xkidの運動の領域依存性。画像3(左):紡錘体極に近い領域では赤道面方向に運動するXkidの割合が多く、赤道面付近では運動方向はほぼ半々であることが確認された。画像4:紡錘体内における微小管の方向性の分布と長さの分布は赤道面を中心に左右対称であり、今回の研究で観察されたXkidの運動はこれらの分布と一致した。上の図のXkid-Qdotの円の大きさは、各領域における運動方向の割合を示す(図はScientific Reportsの論文を改変したもの)

今回、染色体分配に関わる分子モータの、紡錘体内における運動性が明らかになったことは医学的に意義のあることだという。また、紡錘体内の微小管の方向性分布が、Xkidの運動に対する反応場として機能していることが明らかになったことから、生体内における物質輸送の仕組みを解明する上でも重要な成果となったとする。さらに、分子モータの性質と反応場の性質を人為的に制御することで、染色体分配や物質輸送を自在に制御するといったことも可能になるかも知れないとした。