京都大学(京大)は、組織切片の中の脂質の分布を高精細な画像にして分析可能な質量顕微鏡を用いて、患者から採取した乳がん組織中の脂質の分布を分析した結果、がん細胞にだけ偏って分布する脂質を同定することに成功したと発表した。
同成果は同大医学研究科の戸井雅和 教授、同 川島雅央 博士課程学生、島津製作所 田中最先端研究所の田中耕一 所長、同 佐藤孝明 ライフサイエンス研究所長らによるもの。詳細は日本癌学会の専門誌「Cancer Science」オンライン速報版に掲載されたほか、10月3日から開催される「第72回日本癌学会学術集会総会」においても発表される予定だという。
質量顕微鏡は、田中耕一氏らが発明したMALDIイオン化質量分析法をもとに開発された装置で、組織切片中の脂質の分布密度を10μm以下の高解像度で画像化して分析することが可能という特長と持つ。また、近年の研究から、脂質が生体内で多彩かつ重要な役割を果たしていることが知られるようになったことから、脂質分析ががん研究の新分野として扱われるようになってきた。乳がんの場合、正常の乳腺組織と比較して、乳がん組織の中では含まれる脂質の組成が変化していることが知られていたものの、組織中での脂質の分布を正確に分析できる技術がなかったため、それぞれの脂質が組織中のどの場所で、どのように変化するのかはよくわかっていなかった。
今回、研究グループでは、乳がん患者から採取した乳がんの組織と、乳腺症(乳腺の良性な変化)の組織の中で、フォスファチジルイノシトール(PI)と呼ばれる種類の脂質がどのような分布を示すかについて質量顕微鏡を用いて分析。
10種類の異なるPIの分布を分析した結果、PI中でPI(18:0/18:1)とPI(18:0/20:3)という分子種が、がん細胞と一致して分布することが判明したほか、すでに乳がん組織中で増加していることが知られているPI(18:0/20:4)という分子が、がん細胞ではなく、がん細胞を取り囲む間質に目立って分布していることも確認されたという。
また、がん細胞に偏って分布するPI(18:0/18:1)とPI(18:0/20:3)の比率を検討したところ、この比率が患者ごとに異なることが確認され、PI(18:0/20:3)の比率が高いグループではリンパ節転移の頻度が高いという関係性があることが判明したほか、がん細胞の浸潤(基底膜を破って体の中に移動していくこと)に伴い、PI(18:0/20:3)の比率が上昇していく様子の観察にも成功したという。 これらの結果は、PI(18:0/20:3)が乳がん細胞やその浸潤転移能を見分けるのに有用なマーカー(指標)となる可能性を示唆するものであり、研究グループでは、近年の乳がん研究の中心である「核酸」や「タンパク質」に加え、脂質を活用した研究による早期診断や治療ターゲット(標的)の発見につながることが期待されるとコメントしている。