東京大学(東大)は8月1日、安価で身近な素材である赤さび(酸化鉄)を改良することで、高効率の太陽光発電に成功したと発表した。

同成果は、同大 大学院工学系研究科の田畑仁教授、関宗俊助教らによるもの。詳細は「Applied Physics Express」に掲載され、SPOTLIGHTS(注目論文)に選出された。さらに今回、第35回(2013年度)応用物理学会論文賞を受賞した。

近年、半導体光電極を用いた太陽光エネルギー変換素子(光触媒太陽電池)の研究開発が世界中で精力的に進められている。半導体に光を照射すると、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、価電子帯には電子の抜け穴である正孔が生成される。太陽光発電の基本原理は、このときに生じる光起電力を利用する。この電子-正孔対を用いれば、様々な酸化還元反応を引き起こすことができる。

一方、光触媒の研究は、1972年のHonda-Fujishima効果の発見が契機となり、世界中で精力的に進められてきた。特に酸化チタン(TiO2)の研究は活発に行われ、すでに実用化にも至っている。しかし、酸化チタンは380nm以下の波長の紫外光にのみ応答するため、太陽光エネルギーの大部分を無駄にしているという問題がある。これに対し、研究グループでは、酸化第二鉄(α-Fe2O3)を用いて可視光および近赤外光に応答する光電変換素子を開発した。

図1 α-Fe2O3を用いた湿式太陽電池(光電気化学セル)

酸化第二鉄(ヘマタイト:α-Fe2O3)はいわゆる"赤さび"であり、日常で最も目にすることが多い酸化物である。同物質は地球上に無尽蔵に存在し、人体に無毒で環境親和性に極めて優れている。α-Fe2O3は可視光のエネルギーに相当するバンドギャップエネルギー(Eg~2.2eV)を持つため、前述の酸化チタンと同様に古くから半導体電極の候補材料として注目を集め、過去半世紀の間に世界中で膨大な数の研究が行われてきた。しかし、α-Fe2O3は酸化チタンとは異なり可視光を吸収するが、600nm以上の波長の光を透過してしまうため、太陽光エネルギーの半分以上を無駄にしてしまうという課題があった。

図2 地表での太陽光のスペクトルとα-Fe2O3のバンドギャップ

これに対し、研究グループは、電子論的見地から赤さび(α-Fe2O3)のFeの一部をRh(ロジウム)で置換すると、バンドギャップが小さくなることを見出した。Fe2O3の価電子帯は酸素の2p軌道から成り、伝導帯は主にFeの3dバンドから構成される。ここにRhを導入すると、Rh-4d軌道がO-2p軌道と混成し、バンドギャップエネルギーが狭帯化する。Feの10%をRhに置換するだけで、バンドギャップは2.2eVから1.5eV(約950nmの波長に相当)にまで減少し、可視域だけでなく近赤外域でも光吸収が起きるようになった。

図3 初期形状(左)とエネルギー最小化計算後の形状(右)

さらに、結晶工学的な観点から、α-Fe2O3の光電特性の向上を試みたところ、α-Fe2O3は異方的な電気伝導性を示すことが判明。特に(110)方向に最もキャリア(電子とホール)が動きやすくなっていることが確認された。つまり、下部電極上に(110)方向にα-Fe2O3層を成長させることができれば、光を吸収したときに生成する電子-正孔対の励起寿命が最大となって、光電変換効率が大きく増加する可能性があることから、下部電極とα-Fe2O3層の界面での格子整合や薄膜成長条件、製膜後の熱処理の条件を詳細に検討し、下部電極(Ta添加SnO2単結晶層)の上に高品質なRh置換α-Fe2O3層を(110)方向にエピタキシャル成長させることに成功した。

図4 SnO2(下部電極)およびα-Fe2O3の(半導体層)の結晶構造と界面における格子整合

その結果、このRh置換α-Fe2O3エピタキシャル層を用いた光電気化学セルにおいて、近赤外域だけでなく可視光域においても、従来のα-Fe2O3を凌駕する光電変換効率を実現した。

図5 Rh置換α-Fe2O3湿式太陽電池の光電特性

なお研究グループは、これまでのα-Fe2O3半導体光電極の研究では、その表面構造を制御して光吸収の増大を狙うということに主眼が置かれていたが、今回の研究は、結晶工学的手法やバンドエンジニアリングが半導体電極の特性向上に有効であることを実証し、太陽光エネルギー利用の指導原理となる新たな物質設計指針を提示した点から、大きな意義を有しているとコメントしている。