基礎生物学研究所(NIBB)は5月21日、国立環境研究所、北海道大学、バーミンガム大学との共同研究により、ミジンコの仲間において、殺虫剤などに含まれる性をかく乱する化学物質「幼若ホルモン類似体」を受け取る「受容体」を発見し、それらの化学物質が細胞内で作用する具体的な仕組みを明らかにしたと発表した。
成果は、岡崎統合バイオサイエンスセンター・NIBB 分子環境生物学研究部門の宮川一志研究員、同・井口泰泉教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月14日付けで「Nature Communications」に掲載された。
甲殻類や昆虫類では「幼若ホルモン」と呼ばれるホルモンによって、脱皮・変態といった重要な現象が制御されている。幼若ホルモンが正常に働かないとこれらの生物は生存できないため、体内で幼若ホルモンの働きを狂わせる人工的な化学物質が殺虫剤の主成分として数多く開発されてきた。これらの人工化学物質は「幼若ホルモン類似体」と呼ばれている。
しかし、幼若ホルモンは非常に多くの生物で重要な働きをしているため、殺虫剤として環境中に放出された幼若ホルモン類似体は狙った害虫以外のさまざまな生物にも影響を与えている恐れがあるという。
中でも甲殻類であるミジンコではこれまでに、幼若ホルモン類似体を曝露することで子どもの性がすべてオスになってしまう現象が知られており、当然ながらオスのみでは子孫を残すことができないため、このかく乱の影響が深刻とされている。本来、ミジンコの仲間は自然界では水温などの周囲の環境条件によって子どもの性別が決まる仕組みだが、幼若ホルモン類似体がどのようなメカニズムでミジンコに作用しているのかは不明だった。
研究チームは、これらの幼若ホルモン類似体がミジンコの体内において本来の幼若ホルモンの代わりに受容体と結合することでかく乱が生じていると推察。ミジンコでは体内で「ファルネセン酸メチル」という物質が幼若ホルモンとして働いているが、「Met」と「SRC」という2つのタンパク質がそれを受け取る受容体としてとして働いていることを突き止めた。
続いて、これらの受容体タンパク質が幼若ホルモン類似体も受け取ることができるかを調べたところ、殺虫剤の成分としてよく用いられる「フェノキシカルブ」、「ピリプロキシフェン」、「メトプレン」の3つの化学物質がいずれもMetとSRCに作用することが判明したというわけだ。
中でもフェノキシカルブは本来の幼若ホルモンであるファルネセン酸メチルよりも約100倍も強く受容体に作用することが明らかになり、これらの化学物質が予想以上にミジンコ類に深刻な影響を与えている可能性が考えられるという。
研究チームによれば、今回発見されたミジンコの幼若ホルモン受容体タンパク質は、大量の化学物質から幼若ホルモン作用を示すものを素早く見つけ出す試験法への応用が期待されるとしている。