東京大学は5月9日、東京に分布する日本産ヒキガエルが、遺伝子型・形態共に、「アズマヒキガエル」(東日本亜種)から人為的移入された「ニホンヒキガエル」(西日本亜種)へ遺伝子浸透が進んでいることを、ミトコンドリアDNAと核DNAマイクロサテライト領域による分子生態学的解析に基づき実証したと発表した。

また、幼生(オタマジャクシ)の飼育実験から、東京のヒキガエルの幼生は、埼玉県新座市や栃木県日光市のアズマヒキガエルの幼生に比べ、高い生存率を示すことも確かめたとしている。

成果は、東大 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程3年の長谷和子氏、同・嶋田正和教授(情報学環)、放送大学 教養学部教養学科自然と環境コースの二河成男教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月4日付けで「Ecology and Evolution」オンライン版に掲載された。

人為的に持ち込まれた移入系統と、その地域に自然分布している系統とが交雑し、世代を重ねて一方の系統がもう一方の系統の中に遺伝子を浸透させていくことを「遺伝子浸透」という。保全生物学的視点で見れば、その生物の遺伝子における地域性が失われるということであり、さまざまな生物でその現象が危惧されている。

本州に自然分布する日本産ヒキガエルを例に取ると、西日本亜種のニホンヒキガエルと東日本亜種のアズマヒキガエルがあり、近畿から中部地方にかけてが生息分布の境界となっていた。両亜種には生態的な差はないが、鼓膜の大きさに明確な違いがあり(アズマヒキガエルの方が大きい)、形態的に区別することが可能だ(画像1)。

画像1。西日本亜種のニホンヒキガエル(左上)、東日本亜種のアズマヒキガエル(左下)と、形態的には殆ど西日本亜種に近い東京都のヒキガエルの繁殖ペア(右)

このヒキガエルの本来の生息分布境界からすれば、東京は東に位置することから本来は東日本亜種であるアズマヒキガエルの自然分布域のはずである。しかし、以前よりその個体の形態的特徴から、人為的に持ち込まれた西日本亜種との亜種間交雑の疑いが持たれていた。ただし、遺伝学的な知見は得られていなかったため、交雑が実際にあるのかどうかは確かめられていなかったという状況である。

そこで今回の研究では、東京都内の日本産ヒキガエルが、2亜種系統(ニホンヒキガエルとアズマヒキガエル)の「混成個体群」(遺伝的に分化した2つ以上の個体群が再び混ざり合って1つの個体群を形成すること)で構成されていることを、ミトコンドリアDNAを用いた解析により明らかにした上で、個体群内の遺伝子型の頻度(ニホンヒキガエル型タイプとアズマヒキガエル型タイプがどのような割合で混在しているのか)を調べるために、「核DNAマイクロサテライト領域」を用いて解析が行われた。

解析の結果、東京の混成個体群では、移入亜種ニホンヒキガエルから在来亜種アズマヒキガエルへの遺伝子浸透が進み、その遺伝的組成において、ニホンヒキガエルの遺伝子型への置き換わりが進んでいることが示されたのである(画像2)。またこの結果は形態測定からも支持された。

さらに、幼生(オタマジャクシ)の生存率を比較した結果、東京の個体(幼生)は、東京を除いた東日本の個体に比べ、生存率が高いこと、中でも移入亜種(ニホンヒキガエル)の母親系統が特に高いことが示された形だ(画像3)。この結果により、東京のヒキガエルは、移入亜種に助けられる形で適応度を上げ、個体数を維持していることが示唆された。

画像2。遺伝解析の結果、東京都内では、アズマヒキガエルの遺伝子型からニホンヒキガエル(移入亜種)型への置き換わりが進んでいることが示された

画像3。幼生の生存率の比較。東京都内の幼生は、東京都を除いた東日本(アズマヒキガエル)に比べ有意に生存率が高い

生物多様性の中でも遺伝的多様性は、種の存続性を量る指標として重要だ。生息地が失われた野生動物の多くが遺伝的多様性を低下させている。その一方で、国内移入亜種との交雑問題など、人為的撹乱がもたらす遺伝的多様性への影響については、未だ知見は少ない。生物多様性の維持は人間社会の存続性にも関わることであり、今回の研究のような都市部における野生種についての遺伝的多様性研究の必要性は、今後ますます高まると考えられると、研究チームは語っている。