東京大学(東大)は4月19日、理化学研究所(理研)との共同研究により、植物の生長と乾燥ストレスに重要な植物ホルモン「アブシジン酸」のシグナル伝達によって、細胞内外に働くカリウムイオン(K+)輸送体が直接的に制御されることを明らかにしたと発表した。

成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻の刑部祐里子 講師(当時・理研 環境資源科学研究センター機能開発研究グループ 研究員)、同・修士課程の有永直子氏(当時)、同・長町啓太氏(当時)、同・大開暖香氏(当時)、同・山田晃嗣氏(当時)、同・博士課程の桂彰吾氏、同・田中秀典氏(当時)、同・Seo Souk氏、同・安保充講師(当時)、同・吉村悦郎教授、同・篠崎和子教授、理研 植物科学研究センター 機能開発研究グループの梅澤泰史研究員(当時)、同・篠崎一雄センター長らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は「The Plant Cell」に掲載された。

植物は一度根付くとその場所を動くことができないため、外界の環境に応じてさまざまな応答反応を行っている。特に、土壌の水分条件をどのように感知して応答するかは重要であるほか、研究においても、その生存や生産性に大きく影響することから、水分条件をどのように感知して応答しているのかという機構を明らかにすることには価値があるため、今回、研究チームは細胞の膨圧の制御を行うK+に着目し、同イオンの輸送体によって、乾燥ストレス下における植物の細胞の水分状態がどのように調節されるのかを検討することにしたという。

研究チームは、K+輸送体「KUP6」、および「相同性遺伝子」からなるファミリー遺伝子(構造や配列が類似している遺伝子群やグループであり、進化系統学的に共通の祖先より多様化した遺伝子として分類される)群と、植物の蒸散作用(植物から水蒸気が放出される作用)を調節することが示されているカリウムチャネル「GORK遺伝子」について、これらの遺伝子を重複して破壊した「多重変異植物体」(複数の遺伝子に変異を生じさせた植物体)を作り出し、その水分応答性の解析を実施した。

多重変異体は細胞が大きく肥大し、植物体も大きくなることが判明。これは細胞にK+がより取り込まれ、細胞の膨圧が高まったためと考えられるという(画像1・2)。また、変異体を解析することで、植物の水分吸収に重要な根では、KUP6ファミリー遺伝子群は生長に重要な植物ホルモンであるオーキシンのシグナルを抑えることで、「側根」の発達を抑制することがわかった。乾燥ストレス下ではKUP6ファミリー遺伝子群の発現が高まり、K+輸送が調節されることで植物の生長が制御されることが初めて明らかになったのである。

KUP6カリウム輸送体による細胞の膨圧調節。画像1(左)が細胞の肥大で、画像2が細胞の収縮

さらに、KUP6ファミリー遺伝子の多重変異体は、気孔の開閉などの水分を効率よく利用するための制御ができないために乾燥ストレスに弱く、一方でKUP6遺伝子の過剰発現植物体は水分損失の速度がゆるやかなため、ストレス耐性能が向上していることが示された(画像3・4)。つまり、K+輸送体KUP6ファミリー遺伝子は、乾燥ストレス下で根における水分状態や気孔の開閉を制御する新しい因子であることがわかったというわけである。

画像3(左):野生型植物と、KUP6遺伝子高発現植物体の比較。KUP6遺伝子高発現植物体は乾燥ストレス耐性能が向上した。画像4:乾燥ストレス条件における葉の水分の損失速度比較。KUP6遺伝子高発現植物体は葉からの水分の損失速度が遅い

K+輸送体KUP6ファミリーの変異体は、乾燥ストレス応答に重要な植物ホルモンであるアブシジン酸(ABA)への感受性が低下していることも判明。なおABAは、乾燥などのストレス時に植物体内で合成され、気孔の閉鎖を誘導したり、ストレス耐性の獲得に機能している遺伝子群の発現を制御したりしている植物ホルモンだ。また、種子の成熟や休眠においても重要な機能を果たしていることが示されている。

そこで、研究チームはABAのシグナル伝達経路を介してKUP6の機能制御が行われる可能性を考慮した上で研究を進めた。その結果、ABAのシグナル伝達経路でメインスイッチとして働くことが示されているタンパク質リン酸化酵素「SnRK2」の1つである「SRK2E」が、KUP6タンパク質の細胞内ドメインをリン酸化することを究明。これによりKUP6の機能がABAによって制御されている可能性が示唆されたのである(画像5)。

画像5。陰イオンチャネル「SLAC1」は、ABAシグナル伝達経路によるリン酸化を受け、輸送活性が制御され、気孔閉鎖を誘導することが示されている

今回の研究から、植物ホルモンABAのシグナル伝達経路を介して制御されるK+輸送体が、植物の乾燥ストレス耐性をコントロールしていることが明らかとなった。また、K+輸送体遺伝子の利用により、乾燥地域などの劣悪環境に対応した作物の育種の可能性を示したと、研究チームはコメントしている。