スマートフォン向けアプリを事業の収益につなげることを目指している企業は多いが、実際に継続的な効果を上げられている企業はそれほど多くないだろう。その中で、目に見える効果を出したのがライオンのスマートフォンアプリ「お疲れさん アラーム」だ。
「お疲れさん アラーム」は、ライオンのドリンク剤「グロンサン」のブランド名露出と定着を狙って作られたアプリだ。電車の乗り過ごしを防止する「電車寝過ごし防止アラーム」や目覚まし機能の「モーニングコールアラーム」のほか、ユニークな機能として、架空の電話着信機能である「会議抜け出しアラーム」なども備える。いずれも、設定した時間になると、グラビアアイドルの声で知らせてらえるというものだ。
「グロンサン」 |
「グロンサンは、゛お疲れさん゛をサポートする商品です。このグロンサンのお客様への約束事を、アプリを通し体験、理解してもらいたいと考えました。よって、グラビアアイドルといっても、色っぽい画像ではなく、さわやかでカワイイ画像でお客様に元気になってもらえるよう作りました。」と語るのは、ライオン ヘルス&ホームケア事業本部 薬品事業部 ブランドマネジャーである南曉氏だ。
ターゲット層にダイレクトに届くツールとしてスマートフォンアプリを選択
このアプリが誕生するきっかけは、同社の内服液「グロンサン」の購買層が変化してきたことにある。元々は中外製薬の商品だったグロンサンは、2004年にライオンに事業譲渡。すでに誕生から52年が経過し、市場に十分根付いてはいるが、古くからのユーザーがそのまま持ち上がる形でコアユーザーの年齢層が高くなっていた。
「容量の大きい瓶の100mlタイプはリフレッシュを目的とした20代、少ない容量(50ml以下)で効果の高いタイプは疲れが取れづらくなった30代以降がメインターゲットです。ところが、グロンサンは50代が中心になっていました。また、東北地方と沖縄では大きなシェアを持っているのですが、首都圏で弱い傾向にありました。そこで、首都圏の30代のユーザーを獲得したいと考えたのが、アプリ開発の始まりです」と南氏は説明する。
同社では、首都圏の30代男性をターゲットにしたアプリを提供することで、ブランド認知の向上を目指そうとしたのだ。
「従来の広告はテレビCMが中心でしたが、これには大きな費用がかかります。グロンサンをライオンで扱うようになった2005年には大々的にキャンペーンを実施したのですが、この投資を長く続けるのは難しいのも事実です。一方で、首都圏の30代男性ではスマートフォンユーザー比率が非常に高いという特性があります。そういう意味で、スマートフォンアプリを利用することは早い段階から決めていました」と南氏は語った。
「疲れを取る」ことを主眼に分かりやすさ重視で開発
プロジェクトのスタートからアプリリリースまでは約1年。当初AR(Augmented Reality:拡張現実)技術を盛り込んだアプリにしたいという考えもあったが、予想よりもAR技術が普及しなかったことや、制作コストが高額であることなどから断念された。
「わかりやすい、直感的に使える、理解に時間がかからないということがアプリの必須条件でした。毎日使って接点を持ち続けてもらえるアプリが良いという希望に合わせて、多くの提案を電通とD2Cさんにしてもらいました」と南氏。
アラーム機能を選んだ理由を、D2C コミュニケーションデザイン本部 CD1部 チーフプロデューサーである松岡俊輔氏は、「『グロンサン』サラリーマン応援プロジェクトとして協力会社とチームを編成しました。コンテンツ体験を通じて「疲れが取れる」「元気になる」ということを目指してアイデアを検討しました。早い段階で消えたものも含めれば100以上のアイデアがありました。その中でアラームを選んだのは、継続的に使えることを中心に考えた結果です。長く使ってもらいたいと考えてアラームにしました」と語る。
いろいろな機能を盛り込む予定は当初からあったが、継続的なアップデートを行い更新感を出すことを目指して、最初のバージョンでは「モーニングコールアラーム」と「電車寝過ごし防止アラーム」のみに機能を絞った。最初のリリースは2011年11月。勤労感謝の日に合わせて、まずはiOS版がリリースされた。
商品露出を控えることでユーザーにアピール
モーニングコールは、グラビアアイドルから電話がかかってきたかのような画面でアラームが鳴る。電話を取るように応答すると、最後に「お疲れさんにはグロンサン」というメッセージを言いながらグラビアアイドルの画像が表示される。トップ画面には製品名が表示されているが、利用中にユーザーが製品名を意識するのはこの瞬間だけだ。
「電車寝過ごし防止アラーム」は、乗換え案内機能と連携して降りるタイミングにアラームを鳴らす。また、胸ポケットに端末を入れておくと、センサーにより傾きを検知して、隣の人に寄りかかりそうな時に振動で知らせてもらうこともできる。こちらの機能では製品の露出はしていない。
順次追加された機能としては、会議を抜け出すために電話がかかってきたことを装う「会議抜け出しアラーム」や、指定時間に向けてカウントダウンしてくれる「カウントダウンアラーム」があるが、こちらでも製品画像は表示されない。広告付きアプリとして考えると、非常に露出は控えめだ。
その理由を、「ユーザーが欲しいのは機能です」と南氏は言い切る。広告が見たいわけではないユーザーに、ムリに広告を見せてアプリから離れられてしまうよりも、毎日、楽しく利用してもらう中、さりげなくブランド名を伝えること、ブランドへの親近感を持たせることを狙ったためだ。
着実な効果を得たアプリでユーザーをつなぎ続ける
「リリース時はブランドサイトからの誘導だけで、特に大きな告知は行いませんでした。その後、Android版が準備できたことを受けて1月から電車内にドアステッカーを貼る交通広告を実施しました。ちょうど年末年始の疲れが出るタイミングです。ここで一度大きくダウンロード数が伸び、その後テレビ番組の新生活応援アイテムとして4~5月に数度取り上げられたことで、さらに伸びました」と南氏。
すでに、最初にリリースしたバージョンが22万ダウンロード、リニューアル後の新バージョンが2~3万ダウンロードされ、合計25万ダウンロードを達成している。
D2Cが2012年7月に実施したアンケート調査(サンプル数:3,406)によれば、ユーザーの98%以上が男性で、全体の50%以上が20~30代という結果になり、30代のユーザー獲得という目的は達成されているという。
「首都圏ユーザーも半数程度のようで、当初狙った通りのユーザーが獲得できました」と南氏。毎日起動しているというユーザーも56%に上り、利用率も高い。
ブランドサイトのアクセスも、最初は1カ月4,000件程度だったものが、最も注目された時期には一気に40万件にまで伸び、一時は社内のネットアクセスにも障害がでる程の反響だったという。その後、落ち着きは見せているものの、今でも月間30万件前後の高いアクセス数を得ているとのこと。
「リリースから半年後に実施した調査では、お疲れさんアラームを使用するユーザーの約35%が実際にグロンサンを購入しています。特に強化したかった首都圏でも10%程度売り上げが伸びました。継続的に伸び続けているわけではありませんが、現在、栄養ドリンク剤市場全体が低迷している状況下においても、現状維持できているのは、このアプリのおかげという面もあると思います」と南氏はその手応えを語った。
ユーザーの意見を取り入れた機能の追加や、季節ごとの画像やボイスの追加などを行い、ユーザーとの関わりを持ち続けることで利用率を下げない工夫も行っている。
「当たり前のことですが、作って終わりではなく、PDCAを回す意識が大切です」と南氏は成功のポイントを語った。