慶應義塾大学(慶応大)は1月4日、白血病などの治療で行われる骨髄移植の際に用いられる細胞で、血液を造る「造血幹細胞」の「嫌気性代謝」という新たな代謝特性を発見し、それを利用して体外において安全に増殖と長期間の維持が可能であることを発見したと発表した。

成果は、同大医学部の田久保圭誉講師、同・須田年生教授、同・先端生命科学研究所の曽我朋義教授、同・医学部の末松誠教授らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米国医学雑誌「Cell Stem Cell」2013年1月号に掲載される。

造血幹細胞はヒトを含むほ乳類では骨の中の骨髄に存在し、すべての血液細胞を造り出すことができる細胞だ。造血幹細胞は白血病などの骨髄移植の際に用いられるが、現状ではドナー不足の問題がある。そのため、造血幹細胞を人為的に増殖させる技術が望まれている状況だ。

また、造血幹細胞の老化や、がん化は白血病を含む血液疾患の発症の原因になると考えられている。従って、造血幹細胞の性質を解明することは、幹細胞を老化やがん化から守る技術を開発するためにも必要だ。

これまでに研究グループは骨髄の中でも特に酸素が少ない場所に造血幹細胞が存在することを確認していたが、なぜ幹細胞がそうした場所を選ぶのか、意義は不明だった。

そこで研究グループは今回、酸素の少ない場所でも効果的にエネルギー産生をするメカニズムが造血幹細胞の維持に必須なのではないかと考え、「メタボローム解析」とノックアウトマウスの解析から、造血幹細胞が維持される新しいメカニズムの解明を図ったのである。さらに、得られた知見をもとに造血幹細胞を体外で維持する新しい方法の開発も行われた。

研究グループは、造血幹細胞が酸素の少ない部位でも生存できるのは、酸素のいらないエネルギー産生方法を利用しているからではないかと考察。そこで骨髄から造血幹細胞や造血幹細胞より生み出される各種血球細胞を大量に集めて、細胞内のエネルギー産生に関わる代謝産物を網羅的に解析できるメタボローム解析を実施した。

その結果、造血幹細胞はそのほかのより分化した血球細胞とは異なり、酸素のいらないエネルギー産生法である解糖系に頼っていることが見出されたのである。その一方で、酸素を必要とするエネルギー産生法であるミトコンドリアの代謝経路が抑制されていることも判明した。

研究グループは以前、造血幹細胞は低酸素環境にいる転写因子HIF-1αを活性化することは、幹細胞を老化から守るために必須であることを見出していた。HIF-1α遺伝子を欠失した造血幹細胞では、本来活性化されている解糖系が抑制されている一方、本来抑制されているミトコンドリアの代謝経路は活性化していたのである。

HIF-1αは転写因子であるため、下流でどういった遺伝子を活性化しているのかを検討したところ、「Pdk2」と「Pdk4」という2つの遺伝子がHIF-1αによって活性化されていることが見出された。

「ピルビン酸脱水素酵素(PDH)」は、解糖系に続けてミトコンドリアの代謝経路を活性化させるために必要な酵素だ。この酵素をリン酸化して不活性化するのが「ピルビン酸脱水素酵素リン酸化酵素ファミリー」だ。その内のPdk2とPdk4が、HIF-1αの下流で造血幹細胞の代謝特性を維持していることが示唆されたのである。実際、HIF-1αを欠損した造血幹細胞の機能異常は、Pdk2またはPdk4を再び活性化させることで回復した。

そこで、実際にPdk2とPdk4が造血幹細胞を維持するために必要であるかを検討するため、両遺伝子をなくしたノックアウトマウスの造血幹細胞を解析。すると、Pdk2とPdk4両欠損造血幹細胞は解糖系の活性が低下しており、また幹細胞はストレス耐性を失って老化しやすくなっていることが明らかになった。

これらの知見は、Pdkを介した代謝特性を維持する分子メカニズムが、造血幹細胞の維持に必須であることを示唆する。そこで、人工的にこの代謝特性を操作するため、Pdkに似た働きをする低分子化合物を用いて、造血幹細胞の体外での培養が行われた。

すると、通常では幹細胞の機能が失われてしまう長期間の培養後も幹細胞活性が保たれており、代謝特性を操作することは幹細胞を維持する新しいツールとなることが明らかになったのである(画像1)。

画像1。今回明らかになったことをまとめた模式図

これまでに造血幹細胞の性質としては、自分自身を造り出す「自己複製能」、多くの種類の血球細胞を造り出す「多分化能」、そして普段はほとんど細胞増殖しないでいる「静止期性」などが知られている。今回の成果によって、それらに加え、酸素をあまり使わないでエネルギーを産生するが新たな性質として見出された形だ。

そして造血幹細胞を試験管内で増殖させる試みは、これまでさまざまな研究者の手によって行われてきたが、その大多数で細胞を強制的に増殖させる方法が用いられてきた。

しかし、こうした強制的な増殖を引き起こす方法は、細胞を老化させて幹細胞として働けなくしたり、あるいは白血病を引き起こしたりする危険性が常につきまとう。

ところが、今回の研究で見出された造血幹細胞の「嫌気性代謝」という代謝特性を人為的に活性化させる手法は、化合物を用いて活性化させる既存の方法とは一線を画していてより安全であり、造血幹細胞を体外で長期間にわたり維持する方法を提供することが可能だ。

同手法を既存の幹細胞を増やす技術と組み合わせることで、より安全かつ効率的に造血幹細胞を増やす方法を確立できる可能性があるとする。

また、ES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞から造血幹細胞を誘導して移植ソースに用いたり、さまざまな疾患の研究に用いようとしたりする試みがなされているが、その際に代謝特性を制御する化合物を用いることで、誘導効率を上げられる可能性もあるという。

さらに、HIF-1αやPdkは各種のがんでも高発現していることが知られていることから、研究グループは今回の成果は各種の疾患に対する治療薬開発に寄与するものと注目されるとしている。