岡山大学と東北大学は12月26日、酵母が持つすべての遺伝子の「限界コピー数」を測定することに成功したと発表した。
成果は、岡山大 異分野融合先端研究コアの守屋央朗准特任教授、東北大大学院 生命科学研究科の牧野能士助教らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、12月28日付けで米科学誌「Genome Research」オンライン速報版に掲載された。
遺伝子の数が増えて遺伝子が過剰に発現することは、染色体異常により生じる疾患(ダウン症候群やがん)の病態の原因であると考えられている。しかし、これらの疾患では多数の遺伝子を持つ染色体そのものの数や構造が大きく変化するため、疾患の直接の原因となる遺伝子を特定することは難しい。
どのような遺伝子のコピー数が上昇した時に細胞機能に著しい影響が及ぼされるのか、その原因となるメカニズムはどのようなものなのかは、ほとんどわかっていなかったのである。
研究グループは、これまでの研究で、真核細胞(ヒトと同じ構造を持つ細胞)の単純なモデルである酵母を対象として、遺伝子の「限界コピー数」、すなわち遺伝子のコピー数をどこまで上げたら細胞の機能が破綻するか(細胞が死ぬか)を測ることができる、「遺伝子つなひき法」(画像1)を独自に開発していた。
遺伝子つなひき法についてもう少し詳しく説明すると、まず限界コピー数を知りたい遺伝子(標的遺伝子)を、プラスミド(環状の小さなDNA)に組み込み、これを細胞に導入するところから始まる。
そして細胞を「ロイシン」のない培地に移すと、プラスミド上の「leu2d遺伝子」の作用で、プラスミドの細胞内の数(コピー数)が、100以上に上昇。この時、同じプラスミド上にある標的遺伝子のコピー数も同時に上がるが、もし、標的遺伝子のコピー数が増えすぎると細胞の機能を破綻させる(細胞を殺す)場合には、そのプラスミドのコピー数は、標的遺伝子の限界コピー数よりも低くなる。
ロイシンのない培地で培養した細胞内のプラスミドのコピー数を測定すると、標的遺伝子の限界コピー数がわかる。コピー数を上げようとするleu2dとコピー数を下げようとする標的遺伝子のつなひきにより、標的遺伝子の限界コピー数を測ることができることから、この手法を「遺伝子つなひき法」と命名されたというわけだ。なお、一般的には、遺伝子のコピー数が上がった場合には、そこにコードされているタンパク質の発現量もそれに伴って上がっていると考えられるという。
そして今回は、前述の目的のために、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の持つすべてのタンパク質コーディング遺伝子(約6000)のそれぞれについて、遺伝子つなひき法によりその「限界コピー数」の測定が試みられたのである(画像2)。このような試みは、あらゆる生物種において初めてのことだという。
実験では、出芽酵母の持つすべての遺伝子を、遺伝子つなひき用のプラスミドに組み込み、酵母細胞内に導入し、限界コピー数が測られた。研究グループでは、この実験を「gTOW6000プロジェクト」と名付けている。
今回の研究の結果、まず、酵母が持つ80%以上の遺伝子のそれぞれを100コピー以上に上げても、細胞の機能は維持されることが確認された。このことは、酵母細胞が作るシステムは、一般的に遺伝子コピー数の上昇に対して頑健にできていることを示している。
一方で、わずか10倍以下のコピー数上昇で細胞を死に至らしめる「量感受性遺伝子」と名付けられた遺伝子も115個同定された(画像3)。これらの量感受性遺伝子は、細胞内の輸送や細胞骨格など、細胞内の「インフラストラクチャー」に関係するものが多くふくまれているのが特徴だ。
また、細胞内に比較的たくさん存在するタンパク質をコードしている、細胞内で別のタンパク質と複合体を作るタンパク質をコードしている、などの特徴もあった(画像4)。
これらの特徴から、不必要なタンパク質の大量合成・分解が、細胞の基礎的な機能に与える負荷の「タンパク質負荷」と、タンパク質複合体の構成成分の量的バランスの乱れの「ストイキオメトリー不均衡」が、これらの量感受性遺伝子がもたらす細胞への悪影響の原因であることが予測され、今回の研究では、さらなる遺伝子つなひき実験によりこれらが検証されることとなったのである。
最終的に今回の成果から研究グループは、「量感受性遺伝子のバランスが染色体の構成を決めている」という新しい仮説を提唱した(画像5)。この仮説は、現在のさまざまな生物が持つ染色体の構成が進化的にどのように決まってきたのか、またそれがなぜ安定に維持されるのかを説明するものだ。
なお画像5は、そのバランスを表したもので、色付けされているのは、出芽酵母の16本ある各染色体。これらに量感受性遺伝子が存在している。これらの内量的なバランスにある遺伝子どうしが、見えないつながりを作り、現在のさまざまな生物の染色体の構成を規定しているのかもしれないという。
酵母の量感受性遺伝子のコピー数が上がった時に、細胞に何がおきているのかを知ることは、ダウン症候群やがんなどの染色体数の増加によってもたらされる病態を理解することに役立つと考えられる。
また、悪性化したがんは染色体数の増加がもたらす不都合を、なんらかの方法で回避していることが判明済みだ。研究グループは、酵母において量感受性遺伝子のコピー数上昇に耐えられるような変異を調べれば、このような「染色体数増加による不都合を回避するメカニズム」が明らかになると考えられるとしている。