理化学研究所(理研)は12月21日、さまざまな抗がん剤をがん細胞に添加することで起きる細胞形態の変化パターンをデータベース(DB)化した「モルフォベース」を構築し、同DBの特徴や情報を基に新規抗がん剤の作用を予測する手法「モルフォベースプロファイリング」を開発したことを発表した。

同成果は、理研基幹研究所 長田抗生物質研究室の長田裕之 主任研究員、化学情報・化合物創製チームの二村友 特別研究員、化合物ライブラリー評価研究チームの川谷誠 専任研究員らによるもので、詳細は米科学雑誌「Chemistry & Biology」オンライン版に掲載された。

がんの原因分子だけを狙い撃ちにする分子標的薬を開発するためには、抗がん剤の候補化合物がどのようながんに対して有効で、なぜ効果を示すのか、また副作用はないか、といった作用メカニズムを開発早期から知る必要がある。

近年発展してきたポストゲノム生命科学研究では、遺伝子やタンパク質の網羅的な変動解析(オミックス)を基盤に薬剤の作用メカニズムを探る研究が進められている。研究グループも2010年に、データベースとの照合により薬剤の生体内標的分子を予測する手法「プロテオームプロファイリング法」を開発していたが、併せて特殊な実験技法を必要とせず、より簡便に薬剤の作用メカニズムを知る方法についての模索も進めていた。

研究を進めたところ、研究用がん細胞の一種「srcts-NRK細胞」を用いた実験を行っていたときに特徴的な形態変化を誘導する薬剤を偶然発見したほか、この細胞の形態が添加した薬剤の作用に応じて規則的に変化していることを発見した。この発見を契機に、顕微鏡で観察される形態変化から簡単に薬理作用を予測することを目指して、作用メカニズムが明らかな薬剤を網羅的に評価し、形態変化と作用メカニズムとを対応づけた細胞形態変化データベースの構築が進められることとなったのである。

データベース構築の手順としては、まず作用メカニズムがよく分かっている60種類の抗がん剤を添加したときのsrcts-NRK細胞の形態を顕微鏡で観察し、形態変化パターンによる分類を行った。その結果、アクチンや微小管などの細胞骨格に作用する抗がん剤は作用ごとに特徴的な形態変化を誘導しており、これを容易に判別することができたほか、細胞骨格とは関連のない高分子合成阻害剤や熱ショックタンパク質90(HSP90)、プロテアソームを阻害する抗がん剤なども、それぞれ独特な形態変化を誘導していることも確認され、目視でその作用を推測することができることが示された。

srcts-NRK細胞は薬剤の作用に応じて多彩な形態変化を示す。srcts-NRK細胞に60種類の抗がん剤を添加し48時間後に細胞の様子を観察した様子。形態変化の類似性で分類したところ、作用メカニズム(標的分子)が同じ薬剤は類似の形態変化を示すことが確認された。ここに示された11パターンの形態は細胞骨格や高分子合成などに作用する典型的な抗がん剤の表現型

しかし、こうした顕微鏡での形態観察は、多くの情報を得られるものの、観察者の技量に左右されるといった欠点もあるため、誰もが同じように解析できるようにすることを目指し、細胞形態をイメージングサイトメータで定量化することに取り組んだほか、薬剤の種類数や作用予測の精度を上げるために、srcts-NRK細胞と同様に特徴的な形態変化を示すヒト由来培養細胞のHeLa細胞の形態変化データも加えることにしたという。

具体的には、イメージングアルゴリズムの開発を行い、コンピュータ上で微細かつ複雑な細胞形態を認識できるようにした後、薬剤が誘導するさまざまな形態変化を特徴づけるため、細胞質や核、薬剤添加の影響で生じる顆粒や液胞などの構造体についてその大きさや数、扁平率など12種類のパラメータを設定した。さらに、207種類の作用既知薬剤によって誘導されるsrcts-NRK細胞とHeLa細胞の形態変化をそれぞれ数値化し、得られた数値を計71次元の座標に変換した統計値で分析したところ、類似の作用を示す作用既知薬剤群が近傍に位置し14種類のクラスタを形成することが示された。これは、細胞や細胞小器官の形状、細胞内タンパク質の挙動など複数のパラメータを一挙に定量化することで薬剤作用と形態変化とを定量的に関係付けることができることを示すもので、この結果、蓄積した形態変化の情報をデータベース化することで、"モルフォベース"が構築された。

モルフォベースプロファイリングによる標的分子予測の流れ。
ステップ1:作用既知薬剤を添加したsrcts-NRKとHeLa細胞についてイメージングサイトメーターで細胞画像を取得し、独自のアルゴリズムで細胞の核、細胞質、薬剤を添加した影響で生じる顆粒や液胞などの構造体を認識。認識した細胞成分について12種のパラメータを数値化
ステップ2:各作用既知薬剤について約1,000個の細胞を数値化し、計71次元の統計値を主成分分析。第1主成分(PC1)と第2主成分(PC2)を座標軸にし、207種類の作用既知薬剤の主成分得点をプロットした図であり、標的分子が同じ薬剤はこの主成分得点プロット上で近傍に位置し、14種のクラスタ(点線で図示)を作ることが示された
ステップ3:抗がん剤候補物(★印)の作用は、作用既知薬剤との距離を基にした類似度ランキングと14種の標的分子クラスタのうちどれに分類されるかをスコア化して類推される

さらに、新規の抗がん剤候補物質の作用を予測することを目的に、候補物質がモルフォベース内のどの作用既知薬剤と類似するかを計算できるプログラムの作製も行ったという。具体的には、候補物質と各作用既知薬剤の類似度のランキング、ならびに14種類のクラスタに分類された54種類の典型的な抗がん剤のデータを利用し、候補物質がどのクラスタに分類されるかのスコア化、の2通りの方法で類似性を計算し、形態変化パターンから薬剤作用を予測する手法を開発、"モルフォベースプロファイリング法"と名付けられた。

実際に、理研が保有する天然化合物バンク「NPDepo」の化合物ライブラリから抗がん剤候補物質「NPD6689」を選び、モルフォベースプロファイリング法を用いて、その標的分子を明らかにすることを試みた結果、NPD6689は微小管作用薬のクラスタに分類され、微小管を標的としていることが予測されることを確認。こうして推定された効果を試験管あるいは細胞レベルで実験的に検証したところ、確かに微小管に作用し、細胞骨格を破壊していることが確認された。また副作用を引き起こすことが知られているミトコンドリア呼吸鎖阻害剤「rotenone(ロテノン)」や細胞周期阻害剤「3-ATA」についてモルフォベースへ照合した結果、主な作用メカニズムとは異なる微小管作用やDNA合成阻害活性を有することが予測され、モルフォベースがこれら薬剤の副作用についても正確に予測することが確認されたという。

モルフォベースプロファイリング法による化合物の標的分子や副作用を予測。
Aは新規の抗がん剤候補物「NPD6689」が誘導する形態変化を数値化し、モルフォベースプロファイリング法で解析した結果。作用予測指数やトップ20ランキングからNPD6689の標的分子は微小管であることが類推された
Bはロテノンと3-ATAの形態変化データをモルフォベースプロファイリング法で解析した結果。ロテノンは微小管作用を有すること、3-ATAはDNA合成を阻害することがわかり、副作用に関する標的分子、作用メカニズムについても正確に予測できることが示された

なお研究グループでは今後、より精度が高いプロファイリングシステムの構築を目指し、新たな作用既知薬剤や遺伝子ノックダウンが誘導する形態変化の収集・登録を進めデータベースの拡充を図っていくとしている。また、モルフォベースに照合されない形態変化を誘導する薬剤はこれまでに知られていない作用メカニズムをもったものとも言えることから、それらをNPDepoや微生物代謝産物より探索することで、「first-in-class(新規標的分子に作用する画期的新薬)」の発見を目指した研究も進むことが期待されると説明している。