青山学院大学(青学)は、リアルタイムで物体の3次元情報を記録・再生することができる新しいホログラム材料の開発に成功したと発表した。

同成果は 同大 理工学部化学・生命科学科 阿部二朗教授、石井寛人研究員らによるもの。詳細は、Nature Public Group(NPG)が発行する「Scientific Reports」にて公開された。

テレビの3D対応などが進んだ結果、身近なところにおける3Dディスプレイの普及が進んだ。これに伴い、究極の3D映像方式とも呼ばれるホログラフィに注目が集るようになってきた。ホログラフィの特長は、立体物に反射して実際に目に入るときの光の強さと方向を忠実に再現することであり、眼に優しい自然な立体像を作り出すことができる点である。

ホログラフィによる3D画像をリアルタイムで記録・再生する技術が確立できれば、3Dテレビとしての用途のみならず、光コンピュータ用素子、エンターテインメントでの利用が期待できる。しかし、その実現には暗号である干渉縞をリアルタイムで記録・再生することができる新たな材料が必要となっている。研究グループでは、光を照射した時だけ着色する高速フォトクロミック化合物を、2009年に開発していたが、今回、この高速フォトクロミック化合物を応用することで、リアルタイムで物体の3次元情報を記録・再生することができる画期的なホログラム材料を開発することに成功したという。

図1 ホログラフィの原理。物体光と参照光をホログラム上で重ね合わせると光の明暗の縞(干渉縞)ができる。物体の3次元情報を干渉縞として媒体に記録した後、その媒体に再生照明光を当てることで3D画像が浮かび上がる

今回、新たに開発された高速フォトクロミック化合物の[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体誘導体を応用することで、物体の3次元情報を表す光の明暗の縞である干渉縞を、色変化や屈折率変化の縞として記録することができるホログラム材料が開発された。高速フォトクロミック化合物をアクリル系ポリマーに混ぜることで、光照射により瞬時に着色し、光を遮ると速やかに無色になるフィルム状のホログラム材料となっている。このホログラム材料に干渉縞を投影すると、光の明暗に応じて、部分的な着色が起きる。すなわち、干渉縞の明るい部分では着色するが、暗い部分の色は変化しない。このように、干渉縞の光の明暗パターンは、色のパターンとしてホログラム材料に記録される。

図2 今回の研究で用いた高速フォトクロミック化合物と色変化。[2.2]パラシクロファン架橋型イミダゾール二量体誘導体は、青色光を照射することで無色から緑色に着色する。光の照射を止めると、速やかに元の無色に戻る

一方、高速フォトクロミック化合物は、光照射を遮ると速やかに無色に戻ることから、物体が動いて干渉縞が変化すると、新たに明るくなった部分は着色したままだが、暗くなった部分は速やかに無色に戻る。このような色変化により、古い干渉縞の情報は消えて、新しい干渉縞の情報が記録される。つまり、干渉縞はホログラム材料上に周期的な色変化や屈折率変化のパターンとしてリアルタイムで記録される。物体が動いて3次元情報が時々刻々変化する場合には、干渉縞もそれに合わせて変化するため、ホログラムに再生照明光を当てると、物体の3D映像が浮かび上がる。

図3 高速フォトクロミック化合物を応用した干渉縞の高速記録・消去。高速フォトクロミック化合物は光が当たると着色し、光を遮ると速やかに無色に戻る。ホログラム上に投影された干渉縞のパターンが変わると、古い干渉縞の記録情報は速やかに消失し、新しい干渉縞のパターンが瞬時に記録される

干渉縞のパターンが記録されたホログラムは回折格子の性質を持つので、ホログラムに光を当てて回折される光の強度(回折光強度)を測定すれば、ホログラムに記録された画像情報の記録速度と消去速度を知ることができる。記録する光をホログラム材料上に当てると速やかに回折光が観測され、光照射を始めてから約300msで一定の値となった。

図4 記録光のオン・オフに伴う回折効率の変化。記録光を照射することで、ホログラムに干渉縞が記録され、回折格子が形成されるために回折光が観測できるようになる。記録光の照射を止めると回折格子が消失し、回折光が見られなくなる

一方、記録光の照射を止めると100ms以内で回折光強度はゼロになり、記録が完全に消失したことを示している。すなわち、古い画像情報が完全に消去されてから新しい画像情報を記録するプロセスは、最短で100ms秒程度で行えることを意味している。これは、10fps程度で画像更新が可能なことを示している。さらに、このような高速な回折格子の生成・消失は、高速フォトクロミック化合物が光照射により着色し、照射を止めると無色に戻ることに起因することが分かった。

図5 回折光強度と着色体濃度の比較。記録光の照射を止めた後の回折格子の消失過程とパルス光を照射して着色したフォトクロミック化合物が元の無色に戻る過程の時間挙動が同じことから、フォトクロミック化合物の光化学反応と回折格子の形成・消失が連動していることが分かる

実際に、2次元画像として数字のパターンが記されたフォトマスクを用い、動いている2次元画像のリアルタイムホログラフィ実験を試みたところ、再生されたホログラム画像がフォトマスクの動きに連動して動くことが確認され、今回のホログラム材料を用いて2次元画像をリアルタイムで記録しながら、ホログラム画像を連続的に再生することに成功した。

図6 スクリーン上に投影されたフォトマスクのホログラム画像のリアルタイム変化。フォトマスクを透過した物体光と参照光が干渉することで、ホログラム上に画像情報が記録される。再生照明光を同時に当てることで、再生照明光が回折してホログラム画像がスクリーン上に映し出される。フォトマスクの動きに追随して、ホログラム画像もスムーズに動く

同材料では、記録に用いた光の波長とは異なる波長の光を照射したり、加熱したりすることなく、室温下で記録光をオフにするだけで記録の高速消去が行える。すなわち、1つの波長の光だけで干渉縞を記録・消去できる点で、従来のホログラム材料とは異なるまったく新しいホログラム材料と言える。さらに、干渉縞を記録するために電圧を加える必要がなく、大面積のフィルムが簡便に作製できる点も他に類はなく、汎用性の高いホログラム材料であると研究グループはコメントしている。

今回、開発したホログラム材料を用いることで、動いている2次元画像のホログラム動画を実現することができることが確認されたが、3次元物体の実験では、実験で用いた記録用のレーザ光の強度が弱いため、明瞭なホログラム像を目視することはできなかったという。そのため研究グループは今後、市販されている高強度のレーザをホログラムの記録光に利用することで、同材料を用いた3次元物体のリアルタイムホログラム記録と、そのホログラムに再生照明光を当てることで3D画像の動画再生を行うとするほか、ホログラム材料の感度や消色速度といった性能を向上させることで、実用化レベルの高性能ホログラム材料の開発を目指すとしている。

また、大面積ホログラムフィルムの開発を行うとともに、新たな用途開発に取り組むともする一方、新しいタイプの3D映像表示システムの開発を目指して、3次元物体の情報が記録された干渉縞、あるいはコンピュータで合成された干渉縞をホログラム材料に連続して投影することで3D画像の動画再生を行う手法に関しても研究を推進する計画としている。