九州大学は、東京大学との共同研究により、生体内の神経細胞におけるタンパク質の活性変化を可視化することに成功したと発表した。

成果は、九大大学院システム生命科学府の魚住隆行大学院生、同大学院理学研究院の広津崇亮助教、同石原健教授らは、東大大学院 理学系研究科の飯野雄一教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、7月9日付けで英科学オンラインジャーナル「Scientific Reports」に掲載された。

生物は、外界からの刺激を受け、それに対して適切に応答することで生存している。その情報伝達と応答には、タンパク質の活性変化が大きな役割を担う。しかしながら、これらのタンパク質が、実際に生きている生物の体内でいつ、どのように活性化・不活性化しているかをライブで観察することは困難だった。そこで今回の研究では、生体内におけるタンパク質の活性変化の可視化が試みられたのである。

研究グループは、タンパク質の活性変化を生体イメージングする生物として、生体での細胞観察に適した生物である線虫「C.elegans」を選択した。

さらに、活性変化を可視化するタンパク質として「Rasタンパク質」に注目することにした。Rasタンパク質は多くの生物種に保存されており、さまざまな局面で重要な働きをする。また、ガン遺伝子であるだけでなく種々の疾患の原因分子であることから、さまざまな生物種での研究や医学面への応用が期待できるタンパク質である。

線虫では、「嗅覚感覚神経」においてRasタンパク質が匂いシグナルを伝達するために重要な働きを担っていることが報告済みだ。そこでRasタンパク質の活性変化を観察するために、Rasタンパク質の活性状態によって発する蛍光が変化するイメージング分子「Raichu-Ras」(京大・松田道行教授が提供)を、線虫の嗅覚神経細胞に導入した。

そして、生きたままの線虫において嗅覚神経をライブ観察した。その結果Rasタンパク質が数秒という極めて短い時間で活性化・不活性化することをとらえることに成功したのである(画像1・2)。

Rasタンパク質は、0秒で与えられた匂い刺激に応答して速やかに活性化する様子。画像1(左)は傾向顕微鏡写真、画像2はRasタンパク質の活性変化量

Rasタンパク質は培養細胞などでの解析から、数分~数時間単位で活性化することが報告されており、今回とらえた数秒単位での活性化・不活性化は予想外のものだったという。

続いて、研究グループはこの素早いRasタンパク質の活性変化が、どのようにして制御されているのかを解明を試みた。すると、Rasタンパク質が匂いシグナル伝達経路、「RasGRP」により活性化を制御されていること、また下流の因子からのネガティブフィードバックにより素早い不活性化がコントロールされていることが見出された(画像3)。

画像3。Rasタンパク質の活性制御

次に、嗅覚神経におけるRasの活性変化が、嗅覚神経回路や嗅覚行動にとってどのような意味があるのかを明らかにするため、嗅覚神経からの入力を受ける「介在神経」の「Ca2+イメージング」を行い、神経活性の観察が行われた。

その結果、Rasタンパク質の機能が低下した変異体では、介在神経の匂いに対する応答が不安定であることからが判明。この結果は、嗅覚神経におけるRasタンパク質の活性が、介在神経の応答の安定化に寄与していることを表している。

さらに、Rasタンパク質の変異体を用いて行動測定を行い、Rasタンパク質の活性が線虫の行動にどのような影響を及ぼすのかが調べられた。すると、正常型の線虫では匂い物質の元に的確によって行く行動を示したのに対し、Rasタンパク質の変異体は、その行動に異常を示すことが確認されたのである。

これらの結果から、嗅覚神経におけるRasタンパク質の活性変化は、匂いに向かって的確によって行く行動に重要であることがわかった(画像4)。

画像4。Rasタンパク質の活性変化は匂いの元へ的確に向かうために重要である

今回の研究は、これまで困難だった生きた生物個体内でのタンパク質の活性変化を可視化することに成功したものだ。さらに、数秒単位での活性化というRasタンパク質の新規の活性化機構が見出された。

また、嗅覚神経におけるRasタンパク質の活性変化が、嗅覚システム(神経回路、行動)においてどのような意味を持つかについて明らかにした点でも、大変意義のある研究であるといえる。

今後、生体内におけるタンパク質の働きを知る上で、タンパク質の活性変化の生体内での観察がさらに重要となることが予想されるという。その点で、今回の研究はその先駆け的研究であるといえるとした。

また、Rasタンパク質は広い生物種に保存されており、多くの組織で多彩な働きをしていることから、Rasタンパク質の活性の生体イメージング技術は、嗅覚だけでなくさまざまな生命現象のメカニズムの解明に貢献できると予想されるとしている。

さらに今回の研究で得られた成果、技術は、Rasタンパク質以外のあらゆるタンパク質についても、その活性動態を生体内で観察する上で応用可能だ。また、Rasタンパク質はガンを含む多種の疾患に関わる原因分子として知られており、ガン研究など医学面への貢献も期待されると、研究グループはコメントしている。