名古屋大学(名大)は6月8日、常温・常圧下でベンゼン(C6H6)から「フェノール」を1段階で合成する新しい電気化学手法を確立したと発表した。

成果は、名大 大学院環境学研究科の日比野高士教授の研究グループによるもの。独化学誌「Angewandte Chemie International Edition」電子版に近く掲載される予定だ。

フェノールは、通常は3段階の反応プロセスを経るベンゼンの「クメン法」を用いて製造されており、その効率性の低さが大きな課題となっていた。また同時に、有毒な「アセトン」が大量に副生されてしまうことも問題視されていたのである。

このため、以前から世界中で、ベンゼンを部分酸化してフェノールを直接合成する触媒プロセスが検討されてきたが、これには過酸化水素や亜酸化窒素などの酸化剤を使用する必要があり、それらは高価であるという点がネックとなっていた。

今回の研究では、「燃料電池型リアクタ」に通電を行うことで、電極上に特異な活性酸素種を生成し、これをベンゼンと反応させることにより、フェノールに転換するというものだ。

リアクタの電解質には「プロトン(水素イオン)導電体」を使用し、電極には部分的に還元された「酸化バナジウム触媒」を適用した。リアクタへの交流通電に先立ち、リアクタに直流通電したところ、陽極上で水蒸気がプロトン、電子、及び「ヒドロキシラジカル(OH・)」に酸化され、このラジカル種がベンゼンと反応してフェノールを合成することが確認された。

H2O→OH・ + H+ + 電子
C6H6+ OH・→C6H5OH + H+ + 電子

一方、陰極上では酸素がプロトンと電子によって還元される結果、過酸化水素が生成され、これがベンゼンをフェノールに酸化することも判明した。

O2+2H+ +2電子 → H2O2
C6H6+ H2O2→ C6H5OH + H2O

両極でのフェノール合成に対する電流効率は数10%に達しており、しかも副生成物はほとんど観察されなかったのである。

今回の手法を用いることで、リアクタに直流を通電すると、両極上でフェノールが製造されることになるが、電源として交流を使用すれば、陽極と陰極が高速で周期的に入れ替わるため、ヒドロキシラジカルや過酸化水素の生成量が増大するか、もしくはこれらの寿命が長くなる可能性が生じる。

そこで、一定の交流電圧をいろいろな周波数で印加したところ、フェノール生成量が周波数と共に増加し、30Hzで最大に到達した。また、周波数を30Hzに固定して、交流電圧を高めていくと、フェノール生成量が増えていくことも確認されたのである(画像1)。

今回開発された技術の特長は、温和な条件で、しかも高効率に活性酸素種を生成できるため、フェノール以外にもそのほかの有機化合物の合成に適用可能な点だ。事実、研究グループは以前にもメタンからのメタノールの直接合成に成功し、この技術の汎用性の高さを実証している。

研究グループは、今回の技術により、化学や医薬原料として有用なフェノールの製造において大幅なコストダウンに繋がることが期待できるとしている。

画像1。交流電圧1.5Vで周波数を変えていった場合のa)フェノール生成量とb)二酸化炭素生成量。直流に近い低周波数ではフェノール生成量が少なく、また二酸化炭素生成量も幾分高いが、周波数の増加と共にフェノール生成量が増え、逆に二酸化炭素生成量が減る。周波数30Hzで交流電圧を変えていった場合のc)フェノールと二酸化炭素生成量。フェノール生成量は、電圧に対してほぼ直線的に増加するが、二酸化炭素生成量はほぼゼロである