東京大学(東大)大学院理学系研究科生物科学専攻の岡教授らの研究グループは、遺伝子改変メダカの脳を解析する手法を開発し、動物の生殖周期を制御する脳内神経活動とホルモン分泌における周期性の発見に成功したと発表した。同成果はアメリカ内分泌学会誌「Endocrinology」に掲載される予定のほか、オンライン版に掲載された。

自然界の多くの動物は、それぞれの生育環境に適した季節に繁殖を行う。日長や気温といった季節を告げる情報は、感覚系で受容されたあと脳内で処理され、体の中の神経系や内分泌系に変化をもたらして生理状態を調節する。脳内の視床下部に存在する生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)と呼ばれるペプチドを産生するニューロンは中枢神経系による生殖制御において重要な役割を担っていると考えられており、統合された外界の情報は何らかの形でGnRHニューロンに入力してそれ以降の神経回路を調節しているとされている。

このGnRHニューロンが放出するGnRHペプチドが脳下垂体に作用し、脳下垂体から黄体形成ホルモン(LH)や濾胞刺激ホルモン(FSH)を放出させて生殖腺の調節を行っている。

図1 生殖を調節している脳、脳下垂体、生殖腺(卵巣/精巣)の関係を示す図。生殖腺から分泌される性ステロイドホルモンは、2次性徴の発現に働くのみならず、脳や脳下垂体にもはたらきかけてフィードバック調節を行っている

多くの雌の動物は、性成熟して生殖可能になった時期には、脳下垂体からホルモンLHが周期的かつ一過的に大量放出され、それが引き金となって動物に固有の周期で排卵を繰り返す。すなわち、生殖周期中に周期的なホルモン量の変動が起きているといえるが、自然の排卵周期に関連したGnRHニューロンや脳下垂体の周期的活動を実際に直接記録することは困難であった。

今回研究グループは、生殖調節に強く関与している脳内のGnRH1ニューロンに焦点を当て、メダカを用いて研究を行った。メダカの脳は小さく透明度が高いため、神経回路を保ったまま丸ごと解析に用いることができる。また、生殖可能な時期のメダカは、条件さえ整えば毎日産卵を繰り返し1日という短い生殖周期を示すため、生殖周期に応じた神経活動変化などの解析が容易であることが選ばれた理由である。

メダカの脳内には複数の領域にGnRH1ニューロンが存在しているが、脳下垂体の調節には視索前野(POA)の腹側に存在するGnRH1ニューロンが特に重要であると考え、このニューロン群に着目した実験が行われた。

一般に、脳は極めて多くのニューロンからできており、脳をそのまま顕微鏡で見てもどれがGnRH1ニューロンであるか見分けることはできないため、研究グループは脳内のGnRH1ニューロン特異的に緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現するような遺伝子改変メダカを作成し、GnRH1ニューロンだけを緑色に光らせることで、このニューロンを区別できるようにした。

実験の結果、顕微鏡下で1つのGnRH1ニューロンに細いガラス管を押し当てて、その細胞からの自発的な神経活動を記録することに成功したという。メダカのGnRH1ニューロンは一見不規則に見える発火パターンを示したが、一日の様々な時間帯でメダカから脳を取り出して神経活動を調べたところ、時間帯に応じて発火頻度が異なることが明らかになった。

また、GnRH1ニューロンの発火活動は午前中に低く保たれており、夕方から夜にかけて発火頻度が上昇するという日内変動を示すことが判明した。次にGnRH1ニューロンにより制御される脳下垂体の生殖腺刺激ホルモン(LH・FSH)の遺伝子発現を調べたところ、こちらも発現量に日内変動を示すことが明らかになった。

図2 左上はメダカ脳を腹側から見た模式図と、蛍光顕微鏡下で見たGFP標識されたGnRH1ニューロンの写真。右はGnRH1ニューロンの自発発火活動(下向きの信号が活動電位)を13時と16時で比較したもの。左下はLHβの遺伝子転写産物の相対発現量の時間経過を示すグラフ

しかし、GnRH1ニューロン発火頻度のピークとの遺伝子発現のピークを示す時間帯は異なっていたという。そこでメダカから脳下垂体を丸ごと取り出して、GnRHペプチドを含む溶液中で培養を行ったところ、GnRH添加後約8時間経つとLHの遺伝子発現量が増加するという結果が得られた。

これらの結果から、図3で示すような過程が想定されたという。

図3 メダカにおける排卵調節の脳内メカニズムを示す模式図

メダカでは何らかの神経入力を受けてGnRH1ニューロンの発火活動が一日の夕方の時間帯に高まり、これによりGnRH1ニューロンからGnRHペプチドが放出されて脳下垂体に作用する。すでにGnRHは脳下垂体に作用して数秒でLH放出を引き起こすことは判明しているが、その一方で、GnRHは数時間後にLHの遺伝子発現を高め、脳下垂体細胞にLHを作らせており、こうした過程によりGnRHペプチドは、GnRH1ニューロンの発火頻度が高まる夕方の時間帯に大量に放出されて脳下垂体に作用し、素早くLHを大量放出させることにより排卵を引き起こす。また、同時に、GnRHは数時間後にLHの遺伝子発現を上昇させるように作用して翌日の大量放出のためのストックとなるLHを合成する、という双方向の作用をもたらすことが予想されるという。

これまでのGnRH1ニューロンを中心とした生殖調節機構の解析は、多くがげっ歯類を用いて行われてきていた。マウスの脳は小型とはいえ、脳の中のニューロンの解析をするためには生きた脳をスライスして実験標本を作る必要があり、この結果、脳内のニューロン同士のつながりは断ち切られてしまう。一方、前述のようにメダカの脳は大変小さく透明度が高いため、神経回路を保ったまま丸ごと解析に用いることができる。また、げっ歯類は4~5日の生殖周期を示すため、ホルモン処理により人工的に生殖周期を短くしたモデルを用いた解析を強いられてきたが、メダカを用いると、動物の示す生理的な条件下で起きる1日の生殖周期を通じて脳と脳下垂体の活動が調節される機構をつぶさに見ることができることがわかることから、研究グループでは今後、生殖の制御メカニズムを探索する有用な実験系として有効活用されることが期待できるとしている。