日本原子力研究開発機構(JAEA)と理化学研究所(理研)は4月13日、強磁性体中(磁石)における磁壁の振動運動が、「超伝導接合」の電流電圧特性を用いて高感度かつ高精度で観測可能であることを見出したと発表した。
成果は、JAEA先端基礎研究センターの前川禎通センター長、同森道康グループリーダー、理研基幹研究所柚木計算物性物理研究室の挽野真一研究員、同交差相関物性科学研究グループの小椎八重航副チームリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月10日付けで米科学雑誌「Applied Physics Letters」に掲載された。
超伝導体とはある温度以下に冷やすと電気抵抗がゼロになる物質のことだ。この超伝導体で絶縁体を挟んだ構造を持つ素子はジョセフソン接合と呼ばれ、極めて微小な磁場の測定などに用いられている。
ジョセフソン接合にマイクロ波を照射すると起きるのが、その振動数の整数倍の電圧で、「シャピロステップ」と呼ばれる電流電圧特性が階段状に変化する現象だ。マイクロ波の振動数は9桁以上の高精度で決定できる技術があるため、電圧を同程度の高精度で決められることになる。
ジョセフソン接合のこの性質を利用して、1990年以降、世界の電圧標準が規定された。あらゆる科学と技術において精度の高い計測技術が不可欠であることはいうまでもなく、ジョセフソン接合は科学技術の基盤を支え、我々の生活を根本から支えているといえるものなのだ。
一方、電子の持つスピンを積極的に用いた新しい電子素子の開発、つまりスピントロニクスが急速に進んでいる。その中心となる材料は強磁性体(磁石)だ。それらは、HDDの再生ヘッドや磁気メモリなどに実用化されている状況である。
強磁性体は、小さな磁石がすべて同じ向きに揃って並んでいるようなものだ。しかし実際の物質中では、部分的に小さな磁石の向きが反対に向いた方が安定になる。そのため、向きが反対になった小さな磁石の領域ができ、それらの境界が「磁壁」だ。
この強磁性体中に存在する磁壁をメモリに応用しようとする試みは、数あるスピントロニクスデバイスの中でも最も有望視されているものの1つで、注目されている状況である。そのため、磁壁を磁場や電場で制御する方法や、その変化を高精度で観測する手段が重要になってきているというわけだ。
研究グループは、磁壁の運動を高精度で観測する原理を提案すべく、画像1に示すような接合を考案した。これは、ジョセフソン接合中の絶縁体を強磁性体に置き換えたもので、「強磁性ジョセフソン接合」と呼ばれ、盛んに研究が行われている。
強磁性ジョセフソン接合を用いると次世代のコンピュータとして開発中の量子コンピュータの基本素子となる可能性があり、その点からも注目されている状況だ。画像1は、その強磁性ジョセフソン接合を構成する強磁性体が磁壁を含んでいるものである。
今回の研究では、磁壁が振動運動をしている時の接合方向(y方向)の電流電圧特性を、等価回路模型を用いて求められた。磁壁の振動運動は、画像1のx方向に電流を流すことで誘起することが可能で、確立した実験技術になっているといえる。
今回用いられた等価回路模型は、抵抗とコイルに相当する素子の並列回路だ。ここで、コイルに相当する素子とは、超伝導体間を流れる超伝導電流成分のことである。超伝導電流成分は磁気との結合があるため、強磁性体中の磁壁が振動運動すると影響を受けるのだ。
超伝導電流成分と磁気との結合を取り込んだ等価回路模型を解くと、画像2に示す階段状の電流電圧特性が得られた。この結果は、磁壁の振動数の整数倍に比例定数をかけた電圧のところで、電流電圧特性が階段状に変化していることを示している。
そして、その比例係数は、プランク定数と素電荷という基礎物理定数のみで決まることがわかった。電圧はジョセフソン接合を用いて9桁という極めて高い精度で規定されている。また、基礎物理定数も同様な精度で規定されている形だ。磁壁の振動数は、これら超高精度で求まっている物理量のみで決まっているので、同様に高精度で観測が可能になると期待されている。
今回、強磁性体で隔てられた超伝導体の接合を考え、その強磁性体中で磁壁が振動運動している場合の電流電圧特性が理論的に導かれた形だ。その結果、磁壁の振動数の整数倍に比例定数をかけた電圧のところで、電流電圧特性が階段状に変化し得ることが見出された。この結果は、磁壁の振動数を高精度で求める原理となり得るものだ。
今回検討した磁壁の運動は単振動だったが、異なった振動数を持つ振動運動の重ね合わせの解析にも応用できる可能性を持つ。今後、この原理を応用して磁壁運動を高感度かつ高精度に測定することができるようになれば、磁壁を用いたデバイス開発を促進することが期待されると、研究グループはコメントしている。