産業技術総合研究所(産総研)は4月12日、北海道大学(北大)との共同研究によって、白金触媒の活性を桁違いに向上させる触媒調製技術を開発したと発表した。

成果は、産総研サステナブルマテリアル研究部門物質変換材料研究グループの冨田衷子研究員、多井豊研究グループ長と、北海道大学(北大)触媒化学研究センターの清水研一准教授らの研究グループによるもの。今回の技術の詳細については、3月28日・29日に東京工業大学大岡山キャンパスで開催された第109回触媒討論会において報告された。

白金は自動車の排ガス浄化用触媒や、水素と酸素の化学反応から直接発電することができる高効率でクリーンな発電方法の燃料電池の中の「固体高分子タイプ」(高分子を電解質膜として用いている燃料電池であり、70~100℃において運転を行う)の電極触媒を初め、さまざまな触媒に使用されている。今後、排ガス規制が厳しくなることや高効率エネルギー変換デバイスが求められることは必至であり、白金需要の増大が見込まれるのはいうまでもない。

しかし、白金は高価であり、また資源が極端に偏在することから供給リスクが懸念されている。そのため、白金需要の大半を占める触媒用途での使用量の削減が望まれているというわけだ。

触媒による低温酸化は、固体高分子形燃料電池電極の劣化防止(燃料中の水素ガス中の微量な一酸化炭素(CO)の除去)、暖房器具などからのCO除去、冷蔵(凍)庫内の作物の腐敗防止(エチレンガスの酸化)などの需要があるが、十分な触媒性能を得るためには多量の白金が必要である。このため、白金触媒の性能を向上させて使用量を減らすことが求められているのだ。

産総研は、資源供給の不安定化対策の一環として、レアメタルの省使用・代替材料技術の開発を行っている。触媒用の白金族(白金を筆頭に、ルテニウム・ロジウム・パラジウム・オスミウム・イリジウムの6元素の総称)の省使用・代替材料技術開発はその重要なテーマだ。サステナブルマテリアル研究部門物質変換材料研究グループでは、触媒調製技術や材料評価技術を活かして、触媒用白金族の省量化に取り組んでいる。

一方、北大清水准教授のグループは、触媒反応評価や反応機構解析に高いポテンシャルを持つ。両者は以前から、お互いのポテンシャルを活かし協力して研究を進めているという具合だ。

これまで、触媒の調製段階で残存する水分は、白金の移動を促進し互いに凝集させることがあるため、触媒調製にとっては邪魔ものであると考えられていた。今回、逆にこの現象を白金と「助触媒」(ガソリン車排ガス浄化触媒におけるセリア-ジルコニアなど、触媒として働く主成分の機能を補い、反応を促進する成分のこと)である酸化鉄からなる触媒の調製に利用したのである。

触媒の調製段階で水を作用させることで、白金を酸化鉄の近くに移動させ、触媒反応に有効な白金と酸化鉄との界面を作り出した(画像1)。そして画像2は、今回開発した触媒の粉体を反応管(内径6mm)に充填した写真(右上)と、触媒の「高角度散乱暗視野走査透過顕微鏡(HAADF-STEM)」(高角度に散乱された透過電子による走査像を観察する方法で、像の明るさが原子番号のほぼ2乗に比例するため、原子番号の違いによるコントラストが得られやすい)像だ。HAADF-STEM像に見られる白い輝点は白金であり、サイズのよく揃った直径1.5ナノメートル程度の白金ナノ粒子が、担体上に分散していることがわかる。

画像1。水賦活処理による触媒構造変化の模式図とCO酸化活性の比較(白金担持量5重量%)

画像2。開発した触媒のHAADF-STEM像と光学写真(右上)とHAADF-STEM像中の白い輝点が白金ナノ粒子

画像3は、開発した触媒(白金1重量%)と市販のアルミナ担持白金触媒(白金5重量%)、低温で高いCO酸化活性を示すことで知られるチタニア担持金触媒(金1.5重量%、World Gold Council配布触媒)についてCO酸化活性試験(反応ガス:CO1%+酸素0.5%+窒素98.5%、空間速度:20000ml・g-1・h-1)を行った結果だ。

開発した触媒は、貴金属量が少ないにも関わらず、マイナス40℃から100℃の広い温度範囲でも100%に近いCO反応率を示すのが特徴である。市販の白金触媒では100℃以上でないと、CO反応率の向上が見られない。

また、金触媒も0℃以下では、CO反応率は低い。画像3に示されているように、開発した触媒は、特に低温領域における優位性が高く、マイナス40℃では、貴金属量当たりの反応速度は、市販の触媒に対してはほぼ2桁、金触媒に対しても1桁以上高かった(画像4)。

画像3。今回開発した触媒とほかの酸化触媒のCO酸化反応率の温度依存性

画像4。各種触媒の貴金属量あたりの反応速度(Rm)の比較

開発した触媒を反応ガス条件下におき、「赤外吸収分光測定」(物質の赤外領域の吸収スペクトルから、分子の振動に関連する情報を得る測定のことで、今回の場合は、反応ガス条件下で触媒に吸着するCOの挙動が調べられた)を行ったところ、画像5に示されているように、水賦活(ふかつ)処理の有無に関わらず、白金表面にはCOが吸着していることがわかった。

画像6はガス流通条件下での、鉄の「K吸収端」(原子のK殻に存在する電子のX線吸収スペクトルにおける、低エネルギー側の立ち上がり附近の領域を指す)における、「X線吸収端近傍微細構造」(物質のX線吸収端近傍に現れる微細構造で、物質中に含まれる元素の原子価等に関する情報が含まれており、今回の場合は、反応ガス条件下での白金と鉄の原子価状態が調べられた)の立ち上がり附近の拡大図だ。

比較のために載せた酸化第二鉄(Fe2O3、鉄原子はすべて3価)、及び四酸化三鉄(Fe3O4、鉄原子の33%が2価。残りは3価)のデータからわかるように、鉄の価数が上がるほど、立ち上がりは高エネルギー側に位置する。

画像5。開発した触媒の反応ガス流通下での赤外吸収スペクトル

画像6。開発した触媒のガス流通下での鉄K吸収端における、X線吸収端近傍微細構造の立ち上がり附近の拡大図

ヘリウム(He)で希釈したCOガスの流通状態(He+CO)から酸素の流通状態(He+O2)に切り替えると、立ち上がりが高エネルギー側にシフトし、再びCOガスの流通状態(He+CO)に戻すと低エネルギー側にシフトするという具合だ。

白金を担持しない場合には、このような変化は起こらないことから、開発触媒では、白金と酸化鉄の界面で、鉄の酸化還元に伴って酸素が白金に供給され、表面に吸着したCOの酸化反応が効率よく進むものと考えられるという。

研究グループは、さらなる性能の向上と実用化に向け、触媒活性の発現機構の解明に注力し、より少ない量の白金で高い活性を示す触媒の開発を進めるとともに、今回開発した触媒調製技術の適用領域の拡大を目指すとしている。