東京大学大気海洋研究所(大気海洋研)は2月16日、海洋細菌の分離株を用いて光受容タンパク質「プロテオロドプシン」の機能を直接測定することに成功したと発表したほか、海洋細菌が、実際にこの2000年に発見されたばかりのこの新しい光エネルギー利用機構を用いていること、またその利用している細菌の量が海洋生態系のエネルギー循環に対して大きな割合を占めており、葉緑素(クロロフィル)型の光合成のみが考慮されていた従来の海洋生態系についての理解を根本から覆すことに迫るものであることも明らかにした。

成果は大気海洋研地球表層圏変動研究センターの木暮一啓教授および吉澤晋特任研究員、名古屋工業大学大学院工学研究科未来材料創成工学専攻の神取秀樹教授らの共同研究グループによるもの。論文は、「Environmental Microbiology」電子版に2月13日に掲載された。

「ロドプシン」とは、タンパク質「オプシン」と発色団「レチナール」(ビタミンAの一種で、ヒトの眼の中にあるオプシンの補因子にもなっている物質)からなる光受容体タンパク質で、「7回膜貫通タンパク質」の総称である。一般にはヒトの眼の網膜内にある「視紅物質」(紫紅色をしているため、ロドプシンはこの別名を持つ)として知られている。

これはいわゆる光センサの機能を果たしているが、一方、微生物にもロドプシンがあり、その多くは光が当たるとイオンの輸送を行う機能を持つ。例えば、「バクテリオロドプシン」は光が当たると水素イオンを汲み出し、「ハロロドプシン」は塩素イオンを取り込むという具合だ。

これらのロドプシンは、増殖に高い塩化ナトリウム濃度を要求し、塩湖、塩田や岩塩などに生息する原核生物「高度好塩菌」を始めとして、非常に限られた環境に生息する微生物のみが持っているタンパク質だとこれまでは考えられてきた。

しかしながら、今回の研究でターゲットとしたプロテオロドプシンが、2000年に海洋細菌をターゲットにした「メタゲノム解析」により発見されたことで、海洋という広大な領域にもロドプシンを持つ細菌が存在することが示され、注目を集めることになったのである。

なおプロテオロドプシンは、プロテオバクテリアのゲノム断片から発見されたためにそのように命名された。ちなみに、プロテオロドプシン遺伝子が発見されたプロテオバクテリア門のSAR86というグループの細菌は現在もまだ培養されていない。

またメタゲノム解析とは、海水、土壌、腸内などの環境中に存在する微生物のDNAをすべて抽出し、その塩基配列を網羅的に決定することで、その環境にどのような微生物種がいたのかなどを解析する手法のことだ。環境中に存在する微生物のほとんどが培養できないことと、遺伝子解析技術の進歩が相まって近年ではよく用いられるようになっている。

プロテオロドプシンは光を受けると細胞内から水素イオンを放出し、細胞の内外に「電気化学的プロトン勾配」(プロトン=陽子=電子を失った水素(水素イオン「H+」))を形成することで電位差という形のエネルギーに変換し(画像1)、そのエネルギーを用いて細胞内で自由に使えるエネルギー物質である「アデノシン三リン酸(ATP)」を合成すると考えられている。

画像1。プロテオロドプシンの光エネルギー利用機構。(1)プロテオロドプシン(画像中ではプロテオロドプシン)が光を受容、(2)プロテオロドプシンが水素イオンを放出、(3)電気化学的プロトン勾配を形成、(4)ATPの合成

また、その後の研究から海洋表層に生息する細菌の数%から数10%がプロテオロドプシン遺伝子を持つことが見積もられ、地球規模でのエネルギー循環を考える上でプロテオロドプシンが受け取る太陽光エネルギー量を推定することは不可欠な課題だと考えられるようになった。

しかしながら、プロテオロドプシンの機能についてはこれまで遺伝子組み換え大腸菌(異種発現)でしか解析が成功しておらず、またプロテオロドプシン遺伝子を持つ海洋細菌が細胞内にどのくらいのプロテオロドプシンタンパク質を発現させるのか、光が当たると本当に水素イオンを排出するのかといった基本的な事柄も判明していなかったのである。

その大きな原因の1つは、海洋細菌の分離培養の難しさにある。一般的に海洋細菌の99%は培養できないことが知られており、プロテオロドプシンを持つ海洋細菌も「極めて難培養性」であると考えられていた。

今回の研究では、独自の遺伝子検出プローブを設計することにより「極めて難培養性」というこれまでの常識を覆し、多量の海洋細菌培養株からプロテオロドプシン遺伝子を検出することに成功。これらのプロテオロドプシン遺伝子を持つ分離株を解析することで、プロテオロドプシンの機能を詳細に直接測定することができた次第だ。

今回の研究では、北海道にある汽水湖(淡水と海水が入り交じっている)のサロマ湖、相模湾および西部北太平洋の表層海水から分離することに成功したプロテオロドプシン遺伝子を持つ細菌38株の中から8株を選び、プロテオロドプシンが光を受けると本当に水素イオンを細胞外に放出するのかが調べられた。その結果、8株すべてで細菌が光を受けた際に細胞内から水素イオンを汲み出す現象を測定することに成功した(画像2)。

画像2。プロテオロドプシンの光による水素イオン排出機能の測定。プロテオロドプシンは光が当たると細胞内から水素イオンを汲み出すので、培養液のpHが低下する

さらに、細胞内にプロテオロドプシンが本当に存在するのかを確認するために、プロテオロドプシンの発色団であるレチナールと特異的に結合する試薬を用いて細胞内におけるプロテオロドプシンの吸収スペクトルの測定を実施した(画像3)。

また、波長の異なる光をプロテオロドプシンに当てた時の水素イオン排出速度(作用スペクトル)の測定も行い、細胞内で確かにプロテオロドプシンが存在し、光で駆動される「水素イオン(プロトン)ポンプ」であることを明らかにしたのである(画像4)。

画像3。細胞内プロテオロドプシンの吸収スペクトル。レチナールと特異的に反応する試薬を用いて、反応前後での吸収スペクトルの差からプロテオロドプシンの吸収スペクトルを測定。536nmのピークがプロテオロドプシン由来の吸収スペクトル

画像4。細胞内プロテオロドプシンの作用スペクトル。各波長光におけるプロテオロドプシンの水素イオンの排出速度を測定し、吸収スペクトルと一致することを確認した

プロテオロドプシンが太陽光から受け取るエネルギー量を推定するためには、1個のプロテオロドプシンが水素イオンを排出する速度と細胞内に何個のプロテオロドプシンが存在するのかを知る必要がある。

今回の研究ではプロテオロドプシン遺伝子を持つ分離株から1株を選び、それらの測定を実施した。その結果、1個のプロテオロドプシンが1分間に約124個の水素イオンを排出すること、細胞膜に約2万6000個/μm2の割合で存在することが明らかになった。

これまでプロテオロドプシンは、最初に水素イオンを受け取る部位「Asp97」の半数近くが水素をすでに持っており、新たな水素イオンを受け取れない状態になっているために、水素イオンを排出する速度は遅いと考えられていた。

しかし今回の研究により、プロテオロドプシンの水素イオン排出速度はバクテリオロドプシンの排出速度(1分間に約204個の水素イオンを排出すると報告されている)と比較しても遜色ないほどの活性を持ち、プロテオロドプシンが光を受けてATP合成をするのに十分な量の水素イオン排出速度を持つことが明らかになったのである。

仮に海洋細菌の表面積が0.63μm2、排出された水素イオンがエネルギー損失なくATP生産に使われるとすると、1細胞で1分間に0.4フェムトグラム(fg)のATPが生産されていることになる計算だ。

今回の研究では、2000年に発見された新しい光エネルギー利用機構であるプロテオロドプシンの機能を海洋から分離された野生株を用いて初めて直接測定することに成功し、さらにプロテオロドプシンの光駆動型水素イオン排出速度を解明した。これにより、海洋細菌が実際にこの新しい光エネルギー利用機構を用いていること、また、その量が海洋生態系のエネルギー循環に対して大きな割合を占めていることも明らかになった次第だ。

今回得られた知見は、葉緑素型の光合成のみを考慮して構築されてきた従来のエネルギー循環の理解を根本から覆すことを迫るものであるという。研究グループの吉澤特任研究員に直接お話を伺ったところ、まだデータが少ないため、非常に大まかな見積もりということだが、海洋におけるプロテオロドプシン型の全エネルギー生産量は、陸上の植物も含めた葉緑素型の全エネルギー生産量の1割ほどにはなるのではないか、ということであった。ただし、プロテオロドプシン型海洋細菌の全海洋における総量の見積もりがまだデータ不足のため、1割という数字は増減する可能性があるという。

そして、エネルギー循環は炭素循環と密接な関係があることから、今後プロテオロドプシンを持つ海洋細菌の生理生態のさらなる解明が地球規模炭素循環の理解にも大きな影響力を持つことが期待されると研究グループではコメントしている。