京都大学は9月5日、科学技術振興機構(JST)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所(理研)、大阪府立大学、金沢大学と共同で、多孔性物質の柔軟な細孔に導入された蛍光分子を、細孔の構造変化と同調させることによってひねり構造や平面構造を形成し、ガスの種類や濃度を蛍光変化で検知するセンサとすることに成功したと発表した。

今回の成果は、京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長兼教授の北川進氏、京都大学大学院工学研究科准教授の植村卓史氏らによるもの。その成果は英科学雑誌「Nature Materials」に現地時間9月4日にオンライン速報版に掲載された。

ガスセンサは、大気環境用、保安用、産業生産用、医療用など幅広い分野で利用されている。従来の方式は、電気化学的手法、IR法、ガスクロマトグラフィなどをベースにしたものなどが使われているが、エネルギー消費量が大きいこと、装置が大きくなること、応答が遅いこと、湿気が邪魔をすること、極限環境(極低温、爆発性環境など)で使用できないことなど、多くの問題点がある。

蛍光変化でガス分子の検知を行うことができれば、ヒトの目でもってガスの識別を一瞬でできるので、従来の方法が抱える問題を解決することが可能だ。ただし、蛍光法によるガスの検知例は非常に少なく、またその多くがガスとセンサ物質との化学反応による蛍光変化をベースとしているため、1種類のガスの検知しかできないことや、溶液中での使用が多いこと、再利用が困難なこと、応答が遅いといった弱点があった。

そこで研究グループは、従来の化学反応を用いる方式ではなく、ガスが有する非常に弱い物理的な相互作用に応答する、再利用可能なガスセンサーの開発を目指した。これにより、温室効果ガスや産業ガスとして非常に重要な二酸化炭素(CO2)を大気中から識別し、蛍光変化でその存在と濃度を示すことを可能にしたのである。また、沸点や分子サイズなどが似通っているため、通常は識別が難しいCO2とアセチレンガスの検出にも成功した。

今回の研究では、金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり、ガス分子を吸着することが可能かナノサイズの柔軟細孔を有する多孔性金属錯体(PCP)に着目した。PCPはほかの細孔物質と比較した場合、細孔構造が柔軟に変化するという特徴がある。このように、PCPはガス分子の物理的な性質のわずかな違いを見極め、細孔のサイズや形状の変化を伴いながら、ガス分子を吸着する(画像1)。

画像1。柔軟性PCPによる選択的ガス吸着挙動のサンプルイメージと、さまざまなガス分子に対する圧力ごとの吸着量

研究グループはPCPの柔軟性ナノ細孔に、その構造変化を読み取ることができる「レポーター分子」を導入した複合体を合成(画像2)。この複合体は2番目のゲスト分子として、ガス分子をさらに吸着することができる特性を持つ。そして、吸着の際にPCP細孔の構造変化が起こるとPCPとレポーター分子との相互作用が変化し、レポーター分子の構造もPCP細孔と同じタイミングで変化することが判明した。

画像2。柔軟性PCPとレポーター分子とが連動することに夜ガス検知のイメージ

PCPのような複合体では細孔の構造変化が起こすことが可能なガスのみ選択的に吸着される。また、構造変化が起こる濃度はガスによって異なるので、ガスの種類や濃度をレポーター分子からのアウトプットによりモニターすることが可能となるというわけだ。

そこで、今回はレポーター分子として「蛍光性オリゴマー」(オリゴマーは、低分子と高分子の中間の性質を持つ低重合体で、範囲は明確に定められていないが、一般的に分子量は1万以下とされる)である「ジスチリルベンゼン」(DSB)を採用。DSBは昇華することで、PCPの細孔への導入が可能だ。得られた複合体の中に存在するDSBはPCPとの相互作用により、「ひねり構造」を取り、弱い緑色の蛍光を発するという特性を持つ(画像3)。ここにさまざまな大気ガス分子を吸着させると、CO2にのみゲートオープニング機能を示しながら、吸着したのである。

画像3。CO2吸着によるホスト(PCP)-ゲスト(レポーター分子)複合体の構造変化と蛍光変化

この吸着メカニズムを明らかにするため、大阪府立大学准教授の久保田佳基氏と、理化学研究所 放射光科学総合研究センター 量子秩序研究グループ・グループディレクターの高田昌樹氏らは、研究チームと協力して、大型放射光施設「SPring-8」の高輝度・光分解能な放射光X線(粉末結晶構造解析ビームライン「BL02B2」)を用いて、試料を破壊せずに内部構造を調べられる「粉末X線解析測定」を実施した。その結果、PCP-DSB複合体がCO2を吸着していく過程で、細孔の構造が膨張し、菱形構造から正方形型へと変化していくことが判明したのである(画像3)。

また、金沢大学教授の水野元博氏との共同研究では、細孔内のDSB構造と運動性の相関についての研究がなされ、CO2の吸着と中において、DSBの立体構造がPCPの構造変化と同調して「ひねり状」から「平面状」へと変化し、強い青色発光を示すようになることを確認した(画像3、画像4)。つまり、CO2の吸着によってDSBのひねり度合いが変化することで、CO2に対して明確に応答する蛍光センサになることが判明したのである。

画像4。PCP-DSB複合体のガス吸着挙動(左)と、CO2吸着による蛍光変化(右)のグラフ

また、CO2と物理的性質が似通っているアセチレンでは、異なったゲートオープニング機能を示すことから、DSBのひねり度合い、発光の違いが生じ、このふたつのガスを厳密に識別することが可能となった。

今回のガスセンサでは、多孔性物質へのガスの物理吸着現象を利用しているので、蛍光色の変化はガス吸着後、数美容以内に起こり、数分以内で完了する。また、使用後はガスを除くことで、容易に再利用な点も特徴だ。

柔軟性PCPとレポーター分子の組み合わせはほぼ無限にあり、目的に応じた組み合わせを選ぶことで、多種多様なガスや揮発性有機化合物に対応できる点が魅力となっている。