メイトーブランドで知られる協同乳業、理化学研究所(理研)、京都工芸繊維大学(工繊大)、および京都大学(京大)は8月17日、プロバイオティクス ビフィズス菌「LKM512」の摂取により寿命が伸長する効果があることを発表した。この研究成果は、米国オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。ヨーグルトを食べるのは健康にいいといわれてきたが、その仕組みが不明瞭なことが多くて経験則のようなものだったわけだが、今回の成果は確実にアンチエイジングにつながるという科学的な証明だ。

今回の成果を発見したのは、協同乳業の主任研究員の松本光晴氏ら、前出の4者の研究者たちで構成されるグループ。松本氏らは、農業・食品産業技術総合研究機構・生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出基礎的研究推進事業」の平成21年度課題「健康寿命伸長のための腸内ポリアミン濃度コントロール食品の開発」の研究において、マウスに前出のビフィズス菌LKM512を投与したところ、大腸内で増えたポリアミンの作用に起因する寿命伸長効果を試験により確認したのである。

ポリアミンは、DNA、RNA、タンパク質の合成および安定化や、細胞の増殖および分化に関与している生理活性物質であり、すべての生物の細胞に普遍的に存在するもの。これまで、抗炎症作用、抗変異原作用、オートファジーの誘導、腸管バリア機能維持・促進などの作用が報告されており、濃度が高まることで生物にとってプラスになることがわかっていた。

研究は、「LKM512を投与することで腸内細菌にポリアミンを生成させ、老年病の原因である慢性炎症を抑えることが可能になる」という仮説を検証するものとして実施。大腸組織を健全化し、さらに血中に移行したポリアミンが全身の細胞(特に免疫担当細胞)に供給され、老年病の原因である慢性炎症の抑制につながることを明らかにするというものである。ヒトに換算すると30~35歳に当たる10カ月齢のマウスのメスを3グループ(19~20匹)に分け、それぞれに対してLKM512、スペルミン(ポリアミンの一種で最も活性が強い)、生理食塩水(対照群)の3パターンに分けて、週に3回経口投与を行って比較した。

投与6カ月目に、尿中に排出される糖の比率で腸管バリア機能を測定する「ラクチュロース-ラムノース負荷試験」および、糞便と尿を回収。投与11カ月目に大腸を摘出し、寿命、腸内環境および炎症状態に与える影響を調査した。糞便菌叢は、RNAを異型として合成したDNAを用いて定量する「RT-qPCR法」を利用して、主要菌群の16SrRNA遺伝子の発現比率を比較。また、結腸の全RNAを抽出して、網羅的に細胞の遺伝子発現量を調べる「マイクロアレイ解析法」を実施した。

結果、LKM512を投与した場合は大腸内のポリアミン濃度が上昇。大腸バリアの機能が維持され、抗炎症効果も得られ、それによって寿命を伸長させることが明らかとなった。実験期間40週目での生存率は80%以上(図1)。ふたつ目のスペルミン群も、LKM512と比較すると弱いもの一定の寿命伸長効果を確認し、40週目で60~70%の生存率となった。ただし、有意な効果とはいえないレベルである。なお、対照群(生理食塩水)は40週目では生存率40%を切っており、大きな差が認められた。逆に生存率が70%になる時点を比較すると、対照群に対してLKM512群は約6カ月の伸び。マウスの平均寿命が約2年なのに対し、その4分の1に相当するという劇的な効果といえる。

図1。LKM512、スペルミン経口投与が生存曲線に及ぼす効果。赤のラインのLKM512群は、対照群に対して明らかに寿命が延びていることがわかる

さらに、LKM512の経口投与がマウスの外見、腫瘍および潰瘍発生に及ぼす影響も調査された。対照群は皮膚に腫瘍や潰瘍が多く見られたが、LKM512を投与したマウスには投与期間中ほとんど観察されず、毛並みも非常によく、動きも活発であったことが報告されている。LKM512群は潰瘍が5%ほどあったが、腫瘍は0%。対照群はどちらも20%あり、これまた大きな差となった。

LKM512の経口投与がマウスの大腸内環境へ及ぼす影響も調べられ、投与したビフィズス菌(B.animalis subsp.lactis)やPrevotella属の16S rRNA遺伝子が強く発現したことがわかり、腸内菌叢が変動していることが確認された(図2)。LKM512群の腸内ではポリアミン濃度の上昇が判明したが、スペルミン群では上昇は見られず。経口的に摂取した場合はポリアミンは小腸で吸収されてしまい、大腸には到達されないことが確認された。また、一般的な腸内細菌の重要な代謝産物とされる酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸には、LKM512投与による影響は認められていない。

また、炎症マーカー・尿中パプトグロビンへの影響では、LKM512群は結腸組織の炎症関連遺伝子の発現が抑制され、炎症マーカーの減少も確認された(図3)。その結果が示すところは、LKM512を投与することで腸内に継続的にポリアミンを作り出して炎症を抑制し、寿命が延伸した可能性があるというものだ。

図2。LKM512経口投与がマウス大腸内環境へ及ぼす影響。左のグラフでは、ビフィズス菌(B.animalis subsp.lactis)が、中央ではPrevotella属の16S rRNA遺伝子がLKM512の経口投与で強く発現していることがわかる。右のグラフは、糞便中のスペルミン濃度を調べたもので、LKM512群では有意に増えたが、スペルミン群では増えず、大腸には届いていないことが確認された

図3。LKM512経口投与が炎症マーカー・尿中ハプトグロビンへ及ぼす影響。KLM512の炎症マーカーが対照群により減少しており、炎症を抑制して寿命伸長に貢献している可能性がある

試験期間終了後に大腸を摘出した結果、対照群の半分は便が溜まり茶色く変色しているのに対し、LKM512群はすべて若齢マウスと同じきれいな色をしていた(図4)。組織片の検査では、対照群の半数は組織が崩壊しつつあり、粘液を分泌する杯細胞の数も激しく減少していたが、LKM512群では十分な杯細胞も残っており、摘出手術直前まで粘液を分泌し続けていたと予想された。この結果から、LKM512の投与により大腸のバリア機能の崩壊を抑制できたことを示している。

最後は、結腸の遺伝子発現パターンに対するマイクロアレイ法での調査。LKM512群は若齢マウスに近いパターンを示すのに対し、対照群やスペルミン群はまったく逆のパターンとなった(図5)。これが示すのは、大腸の老化に伴う遺伝子発現の変動をLKM512が防いでいるということ。さらに、ポリアミンの経口摂取よりも大腸でポリアミンを作ることの方が、大腸組織の機能維持、さらには寿命伸長に効果的である可能性が高いこともわかったというわけである。

図4。LKM512経口投与がマウスの大腸に及ぼす影響。上がLKM512群のマウスの大腸で、下が対照群のもの。左が大腸で、右は組織片のPAS染色拡大写真。どちらもLKM512群の方が健康的なことがわかる

図5。結腸のDNAマイクロアレイ。Aが対照群で、Bがスペルミン群、CがLKM512群で、Dが若齢マウス。LKM512群は若齢マウスに近いが、残りのふたつはまったく逆パターンとなっている

なお、これまでの研究で、LKM512の単独投与では腸内ポリアミン濃度の上昇が十分でない個体が出現することも確認されているという。今後は、より多くの個体で確実に腸内ポリアミン濃度を上昇させる技術の開発に取り組んでいくとする。具体的な手法としては、腸内細菌のポリアミントランスポーターをコントロールする物質(ポリアミン濃度抑制物質)の利用を検討しているとした。

腸内に多量に存在する代謝産物に対し、メタボロミクス解析を行うことで候補物質を探しており、その評価を実施中だ。それから、ポリアミンの作用機序の確認も重要な課題で、カロリー制限やレスベラトロールと同様にサーチュイン遺伝子の活性化に関与しているのか、オートファジー促進と絡めながら検討していく予定であるという。

そのほか、今回の成果でLKM512の経口投与で寿命伸長が確認されたが、最も重要なことは単なる長寿ではなく健康寿命を延ばすことであると、当然ながら考えており、炎症関連以外のマーカー解析やまた別の試験も実施していく予定だとした。

そして最も気になるヒトへの応用。すでに高齢入院患者、健常成人、アトピー性皮膚炎患者などでLKM512含有ヨーグルトを摂取することで腸内ポリアミン濃度が上昇することは確認済みだ。しかし、より多くの個体での確実性を高めるため、ポリアミン濃度制御物質を用いた技術の確立を目指しているという。その手法の確立のため、ヒトでの健康寿命伸長というテーマに興味を持ってもらえる医学系の研究者との共同研究も視野に入れているとした。