これまでモリサワは、フォントの利用を、印刷媒体を中心に想定していた。実際、ユーザーも、紙メディアを中心とする媒体で、モリサワフォントを活用してきた。しかし、時代の変化を反映し、数年前から、電子デバイスでの使用が急増してきたという。こうした状況を踏まえ、9月に発売される新書体<黎ミン>は、印刷からオンスクリーンまで、幅広く対応できる設計となった。ふところが広く、モダンな表情を備えた明朝体だ。

Guest 01 冨田信雄(モリサワ)

1989年にモリサワ入社、フォント開発部門にてPostScriptフォント製品生産開発を担当。その後、フォント製品全般企画開発、OEM製品向け技術窓口、新書体企画開発にも従事し、2011年3月より現職
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「フトコロが広い分、横組で組んでも、しっかりとした印象を与えることができる。あわせて、モダンなゴシック体とも親和性が高く、その分、さまざまな用途でお使いいただけるのではないでしょうか」

面白いのは「グラデーション」という属性を与えたバリエーション。横画などを段階的に変化させた<黎ミンY10>、<黎ミンY20>、<黎ミンY30>、<黎ミンY40>が揃っている。5ファミリー34書体で「黎ミン グラデーションファミリー」が構成されているのだ。

従来の明朝体に比べてゴシック体にも合う書体「黎ミン」。横組でもスッキリとした見え方が特徴となっている。「リュウミン」と比較するとフトコロの深さがわかる

黎ミンは電子デバイスでの閲覧などを考慮して、縦線の太さだけでなく横線の太さのバリエイションも増やしている。「黎ミン グラデーションファミリー」は5ファミリー34書体(写真右)

講演では、フォントメーカーらしく、書体開発の大まかな手順も紹介。<黎ミン>のような新しい書体の開発は、まず、市場調査からスタート。方向性を絞り込んだうえで、具体的な特性を決定する。

「企画がまとまれば、さっそく、文字の設計に取りかかります。最初は、定型となるおよそ500個の文字を、チーフデザイナーがデザイン。全角62.5ミリの用紙に、手書きで作字していきます。デザイナーひとりあたりの平均は、およそ20字程度でしょうか。完成した文字はスキャンし、デジタル化されます」

ここまでは土台作り。その後、漢字、ひらがな、カタカナ、約物など、すべての字形を制作する。要する期間は、短くて3~4か月、長くて1年程度とのこと。字形がそろったら、サイズの変化や組版検査を行い、細かな修正を加えていく。こうした地道な作業の積み重ねによって、書体は完成するのである。

「<黎ミン>のように、印刷からオンスクリーンまで、用途を限定しないという方向性は、今後、ひとつの柱になりうると考えています。さらに、その先の展開としては、多言語への取り組みも視野に入れたい。というのも、日本語だけでなく、英語や中文、ハングルを併記するケースが増えてきましたから。これまで、多言語併記の場合は、似たような表情の書体を組み合わせていました。しかし、将来的には、デザインを統一した書体をご提供したいと思っています」

昨今の公共サインや電子機器等では和文書体、欧文書体、ハングル書体、中文が併記されることが多いため、同社は現在、デザインを統一した各国語書体の開発に取り組んでいる(写真はサンプル)

現在、<新ゴ>をベースに、各国語の書体を開発しているという。いまのところ、提供時期は未定だが、数年後、新たな展開を目にすることができるはずだ。

新たな展開といえば、電子書籍ソリューション「MCBook」の開発も行なっている。これは、Adobe InDesign などで作成された組版データから、iPhone/iPad、あるいは、Android用の電子書籍アプリケーションを作成するツール。もちろん、制作された電子書籍は、モリサワフォントで読むことができる。

電子書籍ソリューション「MCBook」では、コンテンツに同社の書体を埋め込んで使用することが可能。その他、ルビの設定、アキ/揃えの設定/回り込み画像機能などを搭載

<黎ミン>のリリースにはモリサワならではの意気込みがうかがえる。フォントメーカーとして、つねに時代を牽引してきた自負もあるだろう。

「ここ10年ほど、クラシックな明朝体が、続々と登場しました。<黎ミン>は、それとは対照的で、かなりモダンですよね。個人的には、雑誌や単行本ではなく、新書に似合いそうな書体。そんな印象を受けました」(永原康史)

かつてモリサワが主催していた「国際タイプフェイスコンテスト」は、新しい可能性を感じさせる書体が、数多く、登場したことで知られている。詳細未定とはいえ、再開するという知らせには、会場のみならず、ツイッター上でも反響が沸き起こった。

「<黎ミン>の登場は、いつの時代においても、書体は進化し続けるということを、改めて確認させてくれる出来事だと思います。同じく、タイプフェイスコンテストの復活も象徴的。この時代に、文字がもう一度、前に進み始めようとしている。その現れだと思います」(原研哉)

さらに冨田はコンテストの審査員として、永原と原の両名にも参加してほしいと打診。会場は大いに盛り上がった。

「コンテストの概要については、今後、さまざまな角度から検討していく予定です。従来は、印刷を前提としたものをご応募いただいていましたが、今後は当然、オンスクリーンも視野に入れなければならないと思っています」(冨田信雄)